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第1回 GPT-3.5が示した、戦略立案は人間だけの仕事ではない

第1回 GPT-3.5が示した、戦略立案は人間だけの仕事ではない

AIが拓く競争戦略の新領域

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競争戦略を考えることは、なぜこれほど難しいのでしょうか。

外部環境から考えようとしても、市場や技術、顧客ニーズは変化します。自社の強みから考えようとしても、その強みは絶対的なものではなく、競合や市場との関係によって価値が変わります。

新しい市場をつくろうとすれば、まだ存在していない需要を、現在得られる情報から想像しなければなりません。しかも、競争相手も黙って見ているわけではありません。こちらの戦略を見て、相手も次の一手を打ってきます。さらに未来には、技術革新や規制、景気などによって複数のシナリオがあり得ます。

つまり競争戦略では、与えられた問題の正解を探せばよいわけではありません。

そもそも、どんな可能性があるのか。何を選択肢として検討すべきなのか。

ここから考えなければならないのです。

競争戦略では、環境、自社、競合、未来がすべて動く中で意思決定する必要がある。

では、そこにAIを加えるとどうなるのでしょうか。

2024年、Strategy Science誌に興味深い研究が発表されました。ミシガン大学のFelipe A. Csaszar氏らによる「Artificial Intelligence and Strategic Decision-Making: Evidence from Entrepreneurs and Investors」です。研究チームは、AIが企業の戦略的意思決定にどのような役割を果たせるのかを、実際の起業家や投資経験者の実験協力を得て検証しました。

参考文献

起業家が考えた戦略と、AIが考えた戦略を比べる

研究者たちが行った実験は、シンプルですが大胆なものでした。

ヨーロッパのスタートアップ・アクセラレーターに2021~2022年に応募された309件の事業計画から、採択された5件、不採択だった5件の計10件を抽出しました。

スタートアップ・アクセラレーターとは、成長初期の企業を選抜し、一定期間、専門家による助言や投資家・事業会社とのネットワーク、場合によっては資金提供などを通じて、事業の成長を集中的に支援するプログラムです。採択されるには、事業の将来性や市場性、実行可能性などが審査されます。

応募者は事業計画の中で、主に「Problem(解決したい問題)」「Solution(解決策)」「Market(市場)」「Go-to-market strategy(市場参入戦略)」を説明していました。

研究者たちは、起業家自身が書いたProblemだけをGPT-3.5に渡しました。そして、そこからSolution、Market、Go-to-market strategyをAIに考えさせました。

こうして、同じ問題に対して、

人間の起業家が考えた事業戦略とGPT-3.5が考えた事業戦略の2種類が用意されました。

どちらが優れているのかを評価したのは、米国在住の250人。ベンチャーキャピタル、エンジェル投資、プライベートエクイティなどの投資経験を持つ人たちです。平均して投資経験5年、職務経験16年、管理職経験7年という評価者でした。

しかも評価者には、その案を人間が書いたのかAIが書いたのかは知らされませんでした。

同じ事業課題から起業家とGPT-3.5がそれぞれ戦略を作成し、投資経験者が出所を知らずに評価した。

GPT-3.5の案の方が、高く評価された

結果は意外なものでした。

GPT-3.5が生成した事業計画は、起業家自身が作った計画より、総合評価で平均0.14標準偏差高く評価されました。アクセラレーターへの採択を薦める割合も5ポイント高く、投資意向も有意に上昇しました。

単にAIの文章が読みやすかっただけではないか、という疑問も考えられます。研究ではこの影響を減らすため、人間側の文章についてもLLMを使って文法やスペルの誤りを修正して比較しています。それでも、実行計画、投資対象としての魅力、事業の実現可能性など複数の項目でAI案が高く評価されました。

さらに興味深いのは、もともとアクセラレーターで不採択になっていた事業です。

これらについてGPT-3.5に戦略を考え直させると、人間の元の案に比べて、アクセラレーターへの採択推薦が7ポイント、紹介を希望する割合が8ポイント、投資意向が約6ポイント高くなりました。

一方、実際に採択されていた優れた起業家の案では、AIに置き換えることによる改善はほぼ見られませんでした。

研究者たちは、この結果から、AIが起業家の戦略立案を支援し、より幅広く、より質の高い戦略を検討できる可能性を指摘しています。

戦略立案に、新しい選択肢が加わる

もちろん、この実験から「AIは優れた経営者より戦略に強い」と結論づけることはできません。比較された事業は10件であり、対象もスタートアップの事業計画です。

それでも、この研究には大きな意味があります。

戦略を考えるという、曖昧で、不確実で、将来を見通す必要のある仕事について、人間が作った案とAIが作った案を現実に近い状況で比較し、AI案が十分に競争力のある評価を得ることを実証したからです。論文自体も、LLMが戦略の生成と評価を、現実的な戦略環境において人間と比較可能な水準で行えることを主要な発見として位置づけています。

ここから見えてくるAIの可能性は、「経営者に代わって戦略を決めてもらうこと」ではありません。

競争戦略とは、最初から用意された選択肢の中から正解を選ぶ仕事ではないからです。

まだ見えていない選択肢や未来を発見し、その中からどこに賭けるのかを決める。そこに戦略の難しさがあります。

だとすれば、AIの大きな価値の一つは、人間一人では候補にできなかった可能性を、検討可能な選択肢として目の前に持ってくることにあります。

AIが広げる戦略の可能空間

AIは答えを一つ増やすのではなく、経営者が考えることのできる世界を広げことに貢献しそうです。

では、AIは戦略を作るだけでなく、その中から「良い戦略」を見抜くこともできるのでしょうか。

次回は、同じ研究で行われたもう一つの実証実験を見ていきます。

AIが拓く競争戦略の新領域 シリーズ概要

競争戦略では、変化する環境を読み、相対的な自社の強みを捉え、まだ存在しない市場を想像し、競合の次の一手まで考えなければなりません。AIは、この複雑な思考をどこまで広げられるのでしょうか。起業家と投資家を対象にした実証研究を手がかりに、AIが経営者の戦略思考にもたらす新しい可能性を4回にわたって探ります。

第1回 GPT-3.5が示した、戦略立案は人間だけの仕事ではない

第2回 AIは良い戦略を見抜ける

第3回 競争戦略は正解探しから可能性探しへ

第4回 AIは経営者の思考限界を超えられるか

この記事の執筆者

辻聡美

(株)ハピネスプラネット

チーフアーキテクト

京都大学大学院情報学研究科博士前期課程了。(株)日立製作所入社後、研究開発グループ基礎研究所にて人間行動データの応用に関する研究に従事し、ウェアラブルセンサを用いた50組織2000名以上の職場コミュニケーションの計測と分析、マネジメント改善施策の実行に携わる。2020年の設立当初より株式会社ハピネスプラネットに参画。発明協会平成26年度関東地方発明賞発明奨励賞、第64回オーム社主催公益財団法人電気科学技術奨励会電気科学技術奨励賞受賞他。東京工業大学情報理工学院博士後期課程単位取得退学。趣味は読書と旅行とDIY。

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