前回は、GPT-3.5が生成した事業戦略が、人間の起業家が考えた戦略に匹敵し、一部ではそれを上回る評価を得た実証研究を紹介しました。
AIによって、これまで人間だけでは思いつかなかった戦略を検討できるようになる。これは、競争戦略の探索範囲を広げる大きな可能性を持っています。
しかし、選択肢を増やすだけでは十分ではありません。
仮にAIが100個の戦略案を出してくれたとしても、その100個を経営者が一つずつ精査しなければならないのであれば、そこで再び人間の時間と認知能力が限界になります。
戦略の探索範囲を本当に広げるには、案を生み出すだけでなく、そこから有望なものを見つける必要があります。
では、AIは良い戦略を見抜くこともできるのでしょうか。
Csaszar氏らは、「Artificial Intelligence and Strategic Decision-Making: Evidence from Entrepreneurs and Investors」のもう一つの研究で、この問いを実際の投資家の判断と比較して検証しました。
参考文献
- Felipe A. Csaszar; , Harsh Ketkar; , Hyunjin Kim (2024) Artificial Intelligence and Strategic Decision-Making: Evidence from Entrepreneurs and Investors. Strategy Science 9(4):322-345.https://doi.org/10.1287/stsc.2024.0190
138の事業計画を、投資家とAIが評価
研究チームが利用したのは、有力ビジネススクールで開催されたスタートアップ・コンペティションのデータです。
このコンペでは、優れたスタートアップに総額8万5000ユーロのシード資金や賞金が提供され、提出された事業計画をベンチャーキャピタリストやエンジェル投資家が審査していました。
過去10回に提出された事業計画は731件。その中から、図や画像に頼らず文章だけで内容を十分に把握できる138件が研究対象になりました。
各事業計画は、その分野に経験を持つ3~5人の審査員によって評価されていました。分析に使われたのは、137人の投資家による計541件の評価です。
研究者たちは、この138件の事業計画をGPT-3.5にも読ませました。
そして投資家が実際に使ったものと同じ基準で評価させました。
評価項目は、チーム、実行計画、財務、文章、革新性、市場機会、競争優位、顧客ニーズ、投資リターン、長期的な事業性の10項目です。
つまり、
人間の投資家が良いと判断した事業を、AIも良いと判断するのか
を調べたのです。

AIの評価と投資家の評価は相関していた
結果は明確でした。
AIと投資家の評価には中程度の相関(r = 0.52)があり、投資家が高く評価した事業ほど、AIも高く評価する傾向が見られました。
項目によって一致度には違いがありました。
特に高かったのは、
財務 0.57
チーム 0.46
実行計画 0.40
競争優位 0.38
でした。
一方、革新性は0.21と比較的低い結果でした。
もちろん、相関0.52という数字は、AIと投資家が常に同じ判断をしたという意味ではありません。
しかし、さらに興味深い分析があります。
研究者たちは、AIと投資家の評価の一致度だけでなく、投資家同士の評価の一致度も調べました。
その結果、一致度を示すICCという指標では、AIと投資家の一致度が0.51だったのに対し、個々の投資家同士では0.25でした。
投資家自身も、同じ事業を見て必ずしも同じ判断をするわけではありません。その中でGPT-3.5の判断は、投資家たちの平均的な評価とかなり整合していたことになります。

評価できることが、なぜ重要なのか
この結果を、「AIも投資家のように採点できる」という話だけで終わらせると、この研究の可能性を小さく捉えることになります。
より重要なのは、戦略を評価するという仕事のコストが大きく変わる可能性です。
優れた戦略を評価するには、これまで経験豊かな経営者、投資家、専門家などの時間が必要でした。
そのため企業が検討できる戦略の数には、必然的に限界があります。
100のアイデアがあったとしても、専門家が詳しく検討できるのが10案なら、残り90案は十分に調べられないかもしれません。
しかしAIなら、多数の案を同じ評価基準で一次評価し、有望なものを絞り込むことができます。
しかも、この研究でGPT-3.5が返したのは点数だけではありませんでした。どこが良く、どこに問題があるのかという具体的なフィードバックも生成しています。
著者らは、これまで少数の非常に忙しい専門家からしか得られなかった質の高い評価や助言が、将来は戦略検討のボトルネックではなくなる可能性を指摘しています。
ここで、第1回と今回の研究結果を組み合わせてみます。
第1回では、
AIは戦略を生成できる
ことが実証されました。
今回は、
AIは戦略を評価することもできる
ことが示されました。
この二つを組み合わせると、AIの使い方は大きく変わります。
一つの質問をして、一つの答えを受け取る。
それだけではありません。
多数の戦略を生成する。
複数の観点から評価する。
有望なものを選ぶ。
弱点を見つけて修正する。
そこからさらに別の戦略を考える。
こうした探索を、何度も繰り返せるようになります。

良い答えを得ることから、より広く探すことへ
ここに、AIが競争戦略にもたらす大きな変化があります。
AIの能力が高くなったからといって、経営者がAIの示す一つの答えをそのまま採用する必要はありません。
むしろ逆です。
生成と評価のコストが大きく下がるなら、最初から一つの答えに絞る必要がなくなります。
もっと多くの市場を考えてみる。
もっと違う顧客を想定してみる。
競合が別の動きをした場合も考えてみる。
前提を変えて、もう一度戦略を作ってみる。
これまで時間や人間の認知能力の制約によって十分に検討できなかった可能性を、次々と探索できるようになります。
論文の著者らも、AIによって数百の製品アイデアを生成・評価し、その中から有望な案を人間が選ぶような戦略探索を例に挙げています。
そして重要なのは、この二つの実証研究で使われていたAIがGPT-3.5だったことです。当時、長い事業計画を扱えるコンテキスト長を持つモデルとしてGPT-3.5が採用されました。
GPT-3.5の時点ですでに、
戦略を作る。
戦略を評価する。
という二つの能力が、現実の起業家や投資家を対象とした研究で確認されていました。
だとすれば、競争戦略におけるAIの価値は、より良い正解を一つ返してもらうことだけではないのかもしれません。
AIによって、これまで考えられなかったほど広い範囲から可能性を探せるようになる。
次回は、そこからさらに一歩進みます。
競争戦略の鍵は、正解探しから可能性探しへ。
AIによって戦略の探索そのものがどう変わるのかを考えます。

