ここまで2回にわたり、AIと競争戦略に関する実証研究を見てきました。
第1回では、GPT-3.5が人間の起業家に匹敵する事業戦略を生成できることが示されました。
第2回では、GPT-3.5による事業評価と投資家による評価に中程度の相関があり、AIが戦略を評価する側にも回れることが示されました。
この論文を執筆した3人は、いずれも戦略や組織を研究する経営学者です。Felipe A. Csaszar氏はミシガン大学ロス・スクール・オブ・ビジネスの教授・戦略部門長で、人間や組織が限られた注意・情報・判断力の中でどう戦略を決めるかを研究してきました。Harsh Ketkar氏はテキサス大学オースティン校マコームズ・スクールの助教授で、AIやロボットなどの技術が組織やイノベーションをどう変えるかを研究しています。Hyunjin Kim氏はINSEADの戦略論の助教授で、データやAIが企業の意思決定と競争優位をどう変えるかを研究しており、研究者になる前にはマッキンゼー勤務やベンチャーキャピタルの共同創業・運営も経験しています。
この3人が実証結果の先に考察しているのは、「AIが人間より賢いか」という単純な比較ではありません。AIによって、戦略を考えるプロセスそのものがどう変わるのか、という問題です。
では、前2回で見てきた二つの能力を組み合わせると何が起きるのでしょうか。
AIに戦略を一つ考えてもらい、その答えを採用する。
それだけなら、従来の経営コンサルタントに意見を聞くことと、それほど大きな違いはないかもしれません。
しかし、戦略を生成するコストと、評価するコストの両方が大きく下がると、話は変わります。
10案ではなく100案を考える。
一つの前提だけでなく、異なる前提でも考える。
複数の未来を想定する。
顧客や競合など、異なる立場から評価する。
評価結果を踏まえて、さらに別の案を作る。
こうしたことを何度も繰り返せるようになります。
AIが変えるのは、一つの答えの質だけではありません。
競争戦略を探すという行為そのものなのです。
参考文献
- Felipe A. Csaszar; , Harsh Ketkar; , Hyunjin Kim (2024) Artificial Intelligence and Strategic Decision-Making: Evidence from Entrepreneurs and Investors. Strategy Science 9(4):322-345.https://doi.org/10.1287/stsc.2024.0190
人間は、すべての選択肢を検討できない
経営者が競争戦略を考えるとき、必ず一つの制約があります。
人間の認知能力には限界があることです。
経営学や意思決定研究では、これをbounded rationality(限定合理性)と呼びます。
人間は、あらゆる情報を集め、考えられるすべての選択肢を比較し、その中から完全な最適解を選ぶことはできません。
そこで現実には、限られた情報を使い、限られた数の選択肢を考え、「これなら十分によい」と思えるところで意思決定します。
これは経営者の能力の問題ではありません。時間も注意力も計算能力も有限である以上、避けられない制約です。
今回の論文で著者らが注目しているのは、AIがこの制約を緩める可能性です。
AIは、人間より大量の情報を、より速く、低いコストで処理できます。著者らは、これによって戦略的意思決定を支えている認知プロセスそのものが変化する可能性があると論じています。
著者らが挙げるのは、
Search(探索)
Representation(問題の捉え方)
Aggregation(複数の判断の統合)
という3つのプロセスです。
ここからは、第1・2回のような直接的な比較実験ではなく、その実証結果を踏まえて著者らが考察した、AI時代の競争戦略の可能性を見ていきます。

より広く探す
最も分かりやすい変化が、探索です。
競争戦略では、いくつもの選択肢を考え、その中から有望なものを探していきます。
しかし、人間だけで100通りの新製品を考え、一つひとつ市場性や競争優位を検討するのは現実的ではありません。
AIなら、その制約を大きく変えられる可能性があります。
論文では、新製品を発売しようとする企業が、AIを使って数百の製品アイデアを生成・評価し、その上位案から経営者が選ぶという例が示されています。人間だけで同じことを行えば膨大な時間と費用が必要ですが、AIによって探索の速度と規模を大きくできると著者らは考えています。
重要なのは、100案考えること自体ではありません。
探索範囲が広がることで、最初の数案には入ってこなかった選択肢に出会える可能性が高まることです。
例えば、既存顧客向けの商品改善だけを考えていた企業が、AIとの探索を通じて、
別の顧客層
別の提供方法
別の収益モデル
異業種との組み合わせ
まったく異なる市場
まで検討できるようになるかもしれません。
競争戦略におけるAIの価値は、答えを早く出すことだけではなく、これまで十分に探せなかったところまで探せることにあります。
問題の見方そのものを変える
しかし、探索範囲を広げるとは、単に案の数を増やすことではありません。
もっと根本的な変化があります。
同じ問題を、別の見方で捉え直すことです。
経営では、複雑な現実をそのまま扱うことはできません。そのため、私たちは問題を単純化して考えます。
例えばPorterのFive Forcesでは、業界を5つの競争要因から捉えます。2×2のマトリクスを使って、複雑な事業を二つの軸で整理することもあります。
こうしたフレームワークが便利なのは、人間が扱える程度まで複雑さを減らしてくれるからです。
一方で、それは「何を見るか」をあらかじめ限定することでもあります。
著者らは、AIが大量の情報を処理できるようになれば、人間向けに単純化された既存のフレームワークより、さらに多くの要因を同時に扱う戦略モデルが生まれる可能性を指摘しています。
さらに興味深いのは、問題の捉え方自体を簡単に切り替えられることです。
論文では、銀行をスーパーマーケットのようなものとして捉え直した事例を紹介しています。AIなら、
「銀行をホテルのように考えたら?」
「レストランをテーマパークのように考えたら?」
といった異なる捉え方を、低いコストで次々に試すことができます。
これは単なるアイデア出しとは少し違います。
「この市場では何を売るべきか」という問いそのものを、「そもそも、この事業を別のものとして捉えたら何が見えるか」まで戻って考え直すことができるからです。

一人では持てない視点を持ち込む
もう一つが、Aggregation、つまり複数の判断を組み合わせることです。
競争戦略は通常、一人では決まりません。
経営、営業、技術、財務など、それぞれ異なる情報と専門性を持った人が意見を出し、それを統合して意思決定します。
しかし、実際の経営会議に参加できる人数には限界があります。必要な専門家がいつも社内にいるわけでもありません。
論文では、AIによって異なる専門性や属性を持つ仮想的な人々を作り、virtual crowdとして戦略検討に参加させる可能性が論じられています。
例えば、新商品の企画を、
顧客
投資家
技術者
競合企業
規制当局
など、それぞれ異なる立場から検討させる。
あるいは、異なる専門性を持つ仮想アドバイザーを集めて、一つの経営課題について議論させる。
著者らは、こうした仮想的な専門家集団によって市場をシミュレーションしたり、戦略的意思決定を多面的に検討したりできる可能性を示しています。
ここでも重要なのは、AIに一つの人格として正解を聞くことではありません。
自分とは違う視点を、意図的に意思決定の中へ持ち込むことです。

正解を早く出すことが目的ではない
ここまでの話をまとめると、AIによって競争戦略の探索は三つの方向に広がります。
より多くの選択肢を探す。
問題を異なる枠組みから捉える。
より多くの視点を意思決定に加える。
この三つを組み合わせると、AIの役割の見え方が変わってきます。
競争戦略とは、与えられた選択肢から正解を当てることではありません。
外部環境が変わり、自社の強みも相対的で、まだ存在しない市場を考え、こちらの行動に競合も反応する。そんな状況の中で、まだ見えていない選択肢や未来を発見し、その中からどこに賭けるかを決めることです。
だからこそ、AIの本質的な価値は、経営者に正解を教えることだけではありません。
経営者が一人では候補にできなかった選択肢を見つける。
これまでとは違う枠組みから問題を見る。
一人では持てなかった視点を持ち込む。
つまり、経営者が考えることのできる世界そのものを広げることにあります。

では、このようなAIを競争戦略に本格的に組み込んだとき、人間の思考の限界はどこまで広げられるのでしょうか。
次回は、現在のAIとその先を見ながら、AI時代の経営者に開かれつつある新しい可能性を考えます。

