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AIの「普通」は、誰の価値観なのか

AIの「普通」は、誰の価値観なのか

GPTを世界価値観調査にかけてみた

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GPTを世界価値観調査にかけてみた

生成AIに人生や仕事について相談すると、「自分の意思を大切にする」「多様な価値観を尊重する」「自分らしく生きる」といった方向の答えが返ってくることがあります。

それ自体は、決して悪いことではありません。

けれども、少し考えてみると、不思議な問いが浮かびます。

それは本当に世界共通の「中立的な答え」なのでしょうか。

2024年、Cornell UniversityのYan Taoらは、この問いを大規模な国際調査データを使って検討しました。論文は Cultural bias and cultural alignment of large language models として、査読付き学術誌 PNAS Nexus に掲載されています[1]。

研究者たちが行ったことは、シンプルですが大胆です。

世界中の人々が回答している価値観調査と同じ質問をGPTにも答えさせ、「もしGPTを人間と同じ文化地図の上に置いたら、世界のどこに位置するのか」を調べたのです。

その結果、文化的背景を特に指定しなかったGPTは、世界の平均的な位置には現れませんでした。GPT-3からGPT-4oまで、調査したすべてのモデルが、英語圏やプロテスタント系ヨーロッパ諸国に比較的近く、とりわけ「自己表現」を重視する方向に位置していました[1]。

これは、AIが世界についてどれだけ多くの知識を持っているかとは別の問題を示しています。

世界中の文化を知っていることと、文化的に中立であることは同じではない。

この研究から、その違いが見えてきます。

世界の価値観を「地図」にする

この研究の土台になっているのが、World Values Survey(世界価値観調査、WVS)です。

WVSは1980年代から世界各地で継続されている大規模な社会調査です。宗教、家族、社会への信頼、政治参加、幸福、ジェンダー、個人の自律などについて、各国の人々に共通した形式の質問を行ってきました[2]。

政治学者Ronald InglehartとChristian Welzelは、こうした国際比較データから、文化的価値観の違いを大きく二つの軸で表現しました[2]。

一つは、

伝統的価値観 ←→ 世俗・合理的価値観

という軸です。

宗教、家族、国家、権威などを強く重視する方向に対して、それらへの依存が比較的弱い方向があります。

もう一つは、

生存価値 ←→ 自己表現価値

という軸です。

経済的・身体的な安全や秩序を重視する方向に対して、個人の自律、政治参加、他者への信頼、多様性への寛容、ジェンダー平等、生活の質などを重視する方向があります[2]。

各国・地域とAIモデルの価値観マップ
この二つの軸を使うことで、各国を一種の「文化地図」の上に配置できます。

ただし、これは単純な「西洋対東洋」の地図ではありません。

たとえば米国は自己表現を比較的重視する一方、宗教性も高いため、北欧ほど世俗的ではありません。日本はかなり世俗・合理的な側に位置し、自己表現についても世界全体で見れば比較的高い側にあります[2]。

したがって、この研究を単純に「GPTは西洋的だった」とだけまとめてしまうと、少し粗すぎます。

より正確には、GPTのデフォルト回答は、とりわけ自己表現価値を強く重視する方向に偏っていたという結果です。

人間約39万人のデータとGPTを比較する

Taoらは、World Values SurveyとEuropean Values Studyを統合したIntegrated Values Surveys(IVS)のデータを使用しました。

分析の基礎となったデータは2005年から2022年までの112の国・地域、393,536人分で、このうち必要な質問への回答が揃った107の国・地域が最終的な比較対象となりました[1]。

その中から、Inglehart–Welzelの文化地図を構成する10項目を抽出しました。

たとえば、幸福感、他者への信頼、権威への尊敬、人生における神の重要性、同性愛や中絶をどの程度正当化できるか、自国をどの程度誇りに思うか、政治参加や言論の自由をどの程度重視するか、子どもに自立・服従・宗教心などのどの資質を身につけさせたいか、といった質問です[1]。

研究者たちはまず、人間の回答について主成分分析を行いました。

すると、おおむね「生存―自己表現」「伝統―世俗・合理」という二つの軸が再現されました。この二つの成分で説明されるのは個人レベルの回答の約39%なので、人間の文化全体を二次元で説明しているわけではありません。それでも、国や文化圏の大きな違いを比較するための共通の物差しとして利用できます[1]。

次に、まったく同じ10問をGPTにも答えさせました。

対象はGPT-3、GPT-3.5-turbo、GPT-4、GPT-4-turbo、GPT-4oの5モデルです。

ここで与えた指示が、この研究の重要なポイントです。研究者はGPTに、

「あなたは、この調査に回答する平均的な人間です」

とだけ伝えました。

「アメリカ人として」「日本人として」といった文化的な情報は与えません。

さらに、「average human being」という言い方そのものの影響を避けるため、「typical human being」「average person」「individual」「world citizen」など、表現を少しずつ変えた複数のプロンプトも試しています。モデルのランダム性を抑えるため、temperatureは0に設定されました[1]。

つまり、この実験で測っているのは、「GPT自身は何を信じているか」ではありません。

文化的背景を何も指定されなかったとき、GPTが価値判断を伴う質問に対して、どの回答をデフォルトとして生成するのか。

それを人間の回答と比較したのです。

World Values Survey/European Values Studyを統合した107の国・地域の回答を、「生存価値―自己表現価値」と「伝統的価値―世俗・合理的価値」の2軸に配置した文化地図。GPT-3、GPT-3.5-turbo、GPT-4、GPT-4-turbo、GPT-4oについても、文化的背景を指定せず同じ10項目に回答させ、人間と同じ座標系に配置している。5モデルはいずれも自己表現価値の高い側に位置し、英語圏・プロテスタント欧州の国々に比較的近い。Tao et al.(2024)Fig. 1[1]をもとにコラム用に再構成。

AIの「平均的な人間」は、世界平均ではなかった

GPTの回答を人間と同じ文化地図に載せると、興味深いパターンが現れました。

GPT-3からGPT-4oまで、5つのモデルはすべて、英語圏やプロテスタント系ヨーロッパ諸国に比較的近い位置に現れました[1]。

特に一貫していたのが、横軸の「自己表現価値」が高いことです。著者らは、環境保護、多様性や外国人への寛容、ジェンダー平等、異なる性的指向への寛容などを重視する方向への偏りを指摘しています[1]。

GPT-4oの場合、文化地図上で特に近かったのはフィンランド、アンドラ、オランダでした。反対に、ヨルダン、リビア、ガーナなどとは大きな距離がありました。GPT-3.5-turboはスウェーデン、ノルウェー、デンマークに特に近くなりました[1]。

ここで重要なのは、GPTが「世界中の価値観を平均した存在」にはなっていなかったという点です。

大量の国際的な情報を学習しているからといって、文化的な価値判断まで世界平均になるわけではありませんでした。しかも、この自己表現側への偏りはGPT-3からGPT-4oまでかなり一貫しています[1]。

一方、縦軸の「伝統―世俗・合理」ではモデルによる違いがあり、世代を追って一方向に変化する傾向は見られませんでした。

つまり、この論文で最も頑健な結果は、「GPTは西洋的」という漠然としたものより、文化を指定しないGPTには、自己表現価値を強く選ぶ共通のデフォルトがあるという点にあります[1]。

「ヨルダン人として答えて」と言うと、AIは変わる

ではGPTは、英語圏とは異なる文化について知らないのでしょうか。

研究者たちは、もう一つの実験を行いました。

今度は、

「あなたはヨルダンで生まれ、ヨルダンに住んでいる平均的な人間です」

というように、回答者の国を指定しました。この方法を107の国・地域について繰り返しています[1]。

すると、GPT-4以降の比較的新しいモデルでは、多くの場合、回答が実際の各国の人々に近づきました。

GPT-4oでは、文化を指定しない場合の各国との平均距離が2.42だったのに対して、国を指定すると1.57まで縮まりました。GPT-4では2.69から1.65、GPT-4-turboでは2.71から1.77へ改善しています。最近の3モデルでは、71~81%の国・地域で実際の回答との距離が小さくなりました[1]。

ヨルダンは特に分かりやすい例です。

GPT-4oのデフォルト回答とヨルダン人の平均回答との距離は4.10でした。しかし、「ヨルダンで生まれ、ヨルダンに住む人として答えてください」と指定すると、その距離は0.36まで縮まりました[1]。

この結果は重要です。

GPTがヨルダン文化について何も知らないわけではありません。

むしろ、異なる文化についての情報はモデル内部にある。しかし、何も指定されないと、それらが均等に現れるわけではないと考えられます。

「世界について知っていること」と、「世界の文化を中立的に代表すること」は、別の能力なのです。

「日本人として答えて」と言えば安心なのか

ただし、話はそれほど単純ではありません。

国を指定すると多くの場合は人間の回答に近づきましたが、すべての国で改善したわけではありません。GPT-4oでは71%の国・地域で改善した一方、残りでは変化が小さいか、むしろ実際の回答から遠ざかりました[1]。

たとえばフィンランドでは、文化を指定しないGPT-4oが実際の国平均に非常に近かったにもかかわらず、「フィンランド人として答えて」と指定すると、かえって距離が大きくなりました[1]。

これは何を意味するのでしょうか。

「日本人として答えて」とAIに頼んだときに現れるものも、必ずしも現実の日本人の価値観を正確に再現したものではありません。

AIが大量の文章から学習した、「日本人とはこういう人たちである」という表象を呼び出している可能性があります。そこには現実を反映した知識もあれば、単純化されたイメージやステレオタイプも含まれているかもしれません。

このPNAS論文だけでは、その中身までは分かりません。

なぜGPTのデフォルトは英語圏・北西欧に近いのか

ここからは、研究で直接分かったことと、その原因についての解釈を分ける必要があります。

この研究が直接示したのは、文化を指定しないGPTの回答が、英語圏やプロテスタント欧州の価値観に比較的近かったというところまでです[1]。

なぜそうなったのかは、この実験からは特定できません。

著者らは、実験のプロンプト自体が英語だったこと、学習コーパスの言語・文化分布が偏っていることに加えて、米国を拠点とする開発チームの文化的価値観がモデルに埋め込まれた可能性も挙げています[1]。

ここで、もう一段細かく考える余地があります。

「米国の価値観」といっても、それ自体が一枚岩ではありません。都市と農村、若者と高齢者、高学歴層とそうでない層、宗教的な人とそうでない人では、価値観は大きく異なります。シリコンバレーのようなテクノロジー産業の集積地と、米国の地方部とでも、平均的な価値観はかなり違うでしょう。

実際、この研究でGPTが最も近かったのは必ずしも米国ではありません。GPT-4oはフィンランド、アンドラ、オランダに、GPT-3.5-turboはスウェーデン、ノルウェー、デンマークに近い位置を示しました[1]。

これは、GPTのデフォルトが「平均的な米国人」というよりも、個人の自律、多様性への寛容、ジェンダー平等、自己表現などを強く重視する、米国の都市部・高学歴層やテクノロジー産業の文化に近いのではないかという仮説を連想させます。

もちろん、ここは元論文が直接検証した結果ではありません。論文の分析単位は国であり、「シリコンバレー」「米国の都市部」「地方部」といった国内集団ごとの比較は行われていません。

したがって、「GPTはシリコンバレー的である」と結論づけることはできません。

しかし、著者自身が「US-based development team」の文化的価値観を原因候補として挙げていることを考えると、これは自然な次の研究課題です[1]。

WVSの個票データを使えば、米国の若年層、高学歴層、都市部、特定地域などの平均的な価値観を別々に計算し、GPTとの距離を比較できます。そうすれば、

GPTは「西洋人」に近いのではなく、「西洋社会の中の特定の社会集団」に近いのではないか

という仮説を、より直接的に検証できるでしょう。

学習データの偏りについては、別の根拠もあります。

GPT-3では、公開された学習データの言語構成を単語数で見ると約93%が英語でした[3]。またOpenAIはGPT-4 Technical Reportで、事前学習データの大部分が英語であり、アライメントのためのデータも主として英語だったこと、さらに安全性の設計・評価も主として英語かつ米国中心の観点で行われてきたことを課題として挙げています[4]。

ただし、ここから「英語を大量に読んだから、西洋的な価値観になった」と一本の因果関係で説明することはできません。

質問する言語そのものも関係します。

CaoらはChatGPTと各国の文化的価値観を比較し、英語で質問した場合には文化間の違いが弱まり、モデルの回答が米国文化に近づく傾向を報告しています[5]。

またWangらはACL 2024で、祝日、歌、価値観、意見などについて複数文化を比較し、非英語圏を対象としているにもかかわらず英語圏の文化的要素が回答に入り込む「cultural dominance(文化的支配)」を報告しました。さらに、より文化的に多様な学習データを用いることで、この偏りを小さくできることも示しています[6]。

別のACL 2024の研究では、米国とエジプトの社会調査データを用いてLLMを比較し、対象文化の主要言語を利用することや、事前学習データの言語構成を変えることが文化的整合性に影響することが示されています[7]。

これらを合わせると、LLMの文化的なデフォルトは単一の原因ではなく、事前学習データ、使用言語、人間のフィードバック、開発・評価に関わる人々の社会的背景、アライメントや安全性の基準などが積み重なって形成されていると見るのが妥当でしょう。

「GPTはフィンランド人の価値観を持っている」わけではない

この研究には重要な限界もあります。

まず、この研究はGPTに信念や文化的アイデンティティがあることを示したものではありません。

測っているのは、10個の質問に対してモデルが生成した回答パターンです。それを人間の回答から作られた二次元の文化地図に配置しています。

この二つの軸が説明する個人レベルの回答のばらつきも約39%です[1]。

したがって、

「GPT-4oはフィンランド人と同じ価値観を持っている」

とは言えません。

正確には、

GPT-4oがこの10問に対して生成したデフォルト回答が、フィンランド人全体の平均的な回答パターンに近かった

ということです。

もう一つの限界は、「国」を一つの文化として扱っていることです。

当然ながら、日本人が全員同じ価値観を持っているわけではありません。若者と高齢者、都市部と地方、教育、所得、宗教などによっても価値観には違いがあります。

WVSは個票データを持っているため、本来は世代や社会集団、場合によっては国内地域に分けた分析も可能です[2]。

したがって、この研究をさらに発展させれば、

「GPTはどの国に近いのか」ではなく、「どの国の、どの世代や社会集団に近いのか」

まで調べることができます。

また、この研究が使ったのは選択式の価値観調査です。

実際の人生相談や経営判断、日常会話の中でも同じ文化的偏りが現れるのかは、別途検証する必要があります。

さらに重要なのは、この研究は、AIを使うことで人間自身の価値観が変化することを調べた研究ではないということです。

そこは、今後のHuman–AI Interaction研究として検証すべき別の問いです。

AIの「普通」を疑ってみる

それでも、この研究が示した問題は小さくありません。

生成AIは、単なる検索エンジンではなくなりつつあります。

「転職するべきだろうか」

「家族から期待されている役割と、自分の希望が違う」

「組織への責任と、自分自身のキャリアのどちらを優先すべきか」

こうした問いをAIに相談する場面は、これからさらに増えていくでしょう。

しかし、このような問いには唯一の客観的な正解がありません。

個人の自律をどこまで重視するか。

家族や組織との関係をどの程度重視するか。

伝統や共同体と個人の自由をどう調整するか。

そのバランス自体が、文化によって異なります。

それにもかかわらず、AIの回答が流暢で論理的であるほど、その背後にある価値判断を私たちは「合理的で中立的なもの」と感じてしまうかもしれません。

Taoらの研究の面白さは、「GPTには西洋的な偏見がある」と指摘したことだけではありません。

むしろ、

AIに「普通の人として答えて」と頼んだとき、その「普通」とはいったい誰なのか。

という問いを、世界規模の人間データと比較することで、実験可能な問題にしたところにあります。

そして、その次に出てくる問いは、

「その『普通』は、ある国の平均なのか。それとも、その社会の中の特定の人々の『普通』なのか」

という問いです。

生成AIは世界中の文化について知識を持っています。

しかし、世界中の文化を知っていることと、文化的に中立な視点を持つことは同じではありません。

AIが私たちに答えを教える存在から、一緒に考える存在へと変わっていくほど、「そのAIは、何を当たり前だと思っているのか」を知ることは、ますます重要になっていくでしょう。

参考文献

[1] Tao, Y., Viberg, O., Baker, R. S., & Kizilcec, R. F. (2024). Cultural bias and cultural alignment of large language models. PNAS Nexus, 3(9), pgae346. https://doi.org/10.1093/pnasnexus/pgae346

[2] World Values Survey Association. World Values Survey: Findings and Insights; Inglehart–Welzel World Cultural Map. https://www.worldvaluessurvey.org/

[3] Brown, T. B., Mann, B., Ryder, N., et al. (2020). Language Models are Few-Shot Learners. Advances in Neural Information Processing Systems, 33, 1877–1901. GPT-3 dataset language statistics: OpenAI GPT-3 repository. https://doi.org/10.48550/arXiv.2005.14165

[4] OpenAI. (2023). GPT-4 Technical Report. arXiv:2303.08774. https://doi.org/10.48550/arXiv.2303.08774

[5] Cao, Y., Zhou, L., Lee, S., Cabello, L., Chen, M., & Hershcovich, D. (2023). Assessing Cross-Cultural Alignment between ChatGPT and Human Societies: An Empirical Study. Proceedings of the First Workshop on Cross-Cultural Considerations in NLP (C3NLP), 53–67. https://aclanthology.org/2023.c3nlp-1.7/

[6] Wang, W., et al. (2024). Not All Countries Celebrate Thanksgiving: On the Cultural Dominance in Large Language Models. Proceedings of the 62nd Annual Meeting of the Association for Computational Linguistics (ACL 2024). https://aclanthology.org/2024.acl-long.345/

[7] AlKhamissi, B., et al. (2024). Investigating Cultural Alignment of Large Language Models. Proceedings of the 62nd Annual Meeting of the Association for Computational Linguistics (ACL 2024). https://aclanthology.org/2024.acl-long.671/

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Happiness Planet 編集部

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