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第1回 AIに任せすぎると、なぜ私たちは満たされないのか

第1回 AIに任せすぎると、なぜ私たちは満たされないのか

自己決定理論とIKEA効果から考える、創造性と所有感

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1. できているのに、なぜか満たされない

生成AIによって、私たちは驚くほど速くものを作れるようになりました。文章、企画書、画像、コード、調査メモ、プレゼン資料。以前なら数日かかっていたものが、数十分で形になることもあります。

「まずAIにたたき台を出してもらう」ことは、すでに特別な行為ではなくなりつつあります。白紙の資料を前に悩む代わりに、AIに論点を出してもらう。キャッチコピーを何十案も出してもらう。画像の方向性を試す。コードの雛形を書く。調査の観点を整理する。

これは大きな変化です。人間の創造や思考が、これまでよりずっと速く外に出せるようになったからです。

一方で、こんな感覚を覚える人も増えているのではないでしょうか。

「確かに成果物はできた。でも、自分が作った感じがしない」

「便利なのに、なぜか達成感が薄い」

「AIに任せるほど、自分の力が弱くなっている気がする」

筆者自身も、AIを使って制作をしていると、最初の数日は非常に高揚することがあります。アイデアが次々に形になる。広告ビジュアル、記事構成、プロトタイプ、提案資料の方向性が、驚くほど速く立ち上がる。自分の頭の中にあった曖昧なものが、AIによって一気に外部化される感覚があります。

その瞬間は、とても強い推進力があります。自分の思考が増幅されているように感じます。

ところが、その後に不思議な疲労感が残ることがあります。成果物はたくさんできている。周囲から見れば、確かに前に進んでいる。けれども、自分の中では「これは本当に自分が作ったものなのだろうか」という感覚が薄い。自分の思想で作っているはずなのに、自分の手触りが残っていない。

これは、単なる気分の問題ではないかもしれません。人間の動機づけや満足感がどこから生まれるのかを考えると、AI時代の重要な課題が見えてきます。

2. 人は「自分で選び、できるようになり、つながる」ときに動ける

この問題を考える手がかりになるのが、心理学の「自己決定理論」です。

Ryan and Deci は、人間の内発的動機づけやウェルビーイングを支える基本的な心理欲求として、自律性、有能感、関係性を重視しています。自律性とは「自分で選んでいる」という感覚。有能感とは「自分にはできる」「少しずつ上達している」という感覚。関係性とは「誰かとつながり、共に取り組んでいる」という感覚です。

この3つは、AI活用を考えるうえで非常に重要です。

AIが成果物を一瞬で作ってくれると、私たちはたしかに楽になります。しかし、その過程で自律性、有能感、関係性が弱まることがあります。

自律性は、「自分で選んだ」というより、「AIが出したものを採用した」という感覚になりやすい。

有能感は、「自分ができるようになった」というより、「AIができた」という感覚になりやすい。

関係性は、「仲間と一緒に考えた」というより、「AIの出力を共有した」という形に縮まりやすい。

たとえば、AIに企画書を書いてもらい、少し整えて提出したとします。資料としては十分かもしれません。しかし、その企画の中心にある判断軸を自分でつかんでいなければ、会議で突っ込まれたときに自信を持って説明しにくくなります。

あるいは、AIに画像やデザイン案を大量に出してもらい、その中から良さそうなものを選んだとします。見た目は整っています。しかし、「なぜこの方向がよいのか」「どこに自分の美意識が入っているのか」が曖昧なままだと、完成物はあるのに自分の作品として感じにくくなります。

AIで速く作れるのに満たされない感覚は、人間の動機づけを支える重要な要素が、制作プロセスから抜け落ちることによって生じている可能性があります。

3. AIは「白紙の苦しさ」を消すが、「作った手応え」も薄めることがある

AIの大きな利点は、白紙の苦しさを減らしてくれることです。

何もないところから考え始めるのは、認知的に負担が大きい作業です。タイトルを考える。構成を考える。最初の一文を書く。デザインの方向性を決める。こうした最初の一歩は、しばしば重く感じられます。

AIは、この重さを一気に軽くしてくれます。

しかし、白紙と向き合う時間には、ただ苦しいだけではない面もあります。自分が本当は何を言いたいのかを探る時間。うまく言葉にならない違和感を抱える時間。どの方向に進むべきかを迷う時間。

そこには、自分の判断が形成される過程があります。

AIが最初から整った形を出すと、この過程が短縮されます。短縮されること自体は悪くありません。ただし、短縮されすぎると、自分の判断が育つ前に成果物だけが先に立ち上がることがあります。

そのとき、人間は「できた」のに「自分で作った」と感じにくくなるのです。

4. 「自分が作ったもの」は、なぜ大切に感じられるのか

この問題を別の角度から示しているのが、「IKEA効果」と呼ばれる研究です。

Norton, Mochon, Ariely の研究では、人は自分で組み立てたものを、完成品よりも高く評価しやすいことが示されました。興味深いのは、単に苦労すればよいわけではない点です。労働が「成功した完成」に結びついたときに愛着が生まれ、完成できなかったり、作ったものが壊されたりすると、その効果は弱まると報告されています。

これはAI活用にも当てはまります。

人は、自分が関わって完成させたものを大切に感じます。たとえAIが大部分を支援していても、自分が問いを立て、選択し、直し、最後に意味づけたなら、その成果物には「自分のもの」という感覚が残ります。

逆に、AIが一方的に完成させたものを受け取るだけでは、成果物は立派でも、所有感が育ちにくくなります。

ここで重要なのは、関与の量ではなく、関与の質です。

すべてを手作業で行う必要はありません。文章の整形や情報整理はAIに任せてよいでしょう。画像のバリエーション生成やコードの雛形作成も、AIに任せられる領域です。

しかし、「何を目指すのか」「どれを選ぶのか」「何を捨てるのか」「最後にどう意味づけるのか」は、人間が関与した方がよい部分です。

人間の所有感は、作業量の多さだけから生まれるのではありません。自分の判断が成果物に刻まれていると感じることから生まれます。

5. AIを使うほど、人間の関与を設計する

ここで大切なのは、AIを使わないことではありません。むしろ、AIを使うからこそ、人間がどこに関わるのかを意識的に設計する必要があります。

たとえば、AIに文章を書かせる前に、「今回、自分が一番伝えたいこと」を一文で書いておく。

AIが出した案をそのまま使うのではなく、「残す部分」「変える部分」「捨てる部分」を自分で決める。

完成したあとに、「この成果物に自分が加えた判断」を短く記録する。

こうした小さな手間は、単なる非効率ではありません。自分で選び、自分の判断で形を整え、自分の言葉として引き受けるための余白です。

実務では、次のような使い方が考えられます。

企画書を作る前に、AIへ依頼する前の段階で「この企画で守りたい価値」を3つ書く。

AIが出した複数案に対して、「採用する案」だけでなく「採用しない理由」も残す。

完成した資料の最後に、「この提案で人間が判断したこと」を一段落でまとめる。

こうした工程を挟むと、AIの成果物が「外から来た答え」ではなく、「自分が考え、選び直したもの」に変わります。

6. AI時代の創造性とは、すべてを任せることではない

AI時代の創造性は、すべてを自分の手で作ることではありません。しかし、すべてをAIに任せることでもありません。

これから大切になるのは、AIに任せる部分と、人間に残す部分を分けることです。

情報整理、たたき台づくり、比較案の生成、表現の調整はAIに任せられます。

一方で、何を大事にするか、どの案を選ぶか、なぜそれを作るのか、最後にどう語るのかは、人間に残したい部分です。

便利さは、私たちを助けます。しかし、便利さだけでは、私たちは満たされません。

人は、自分で選び、少し難しいことを乗り越え、誰かと意味を共有するときに、創造の手応えを感じます。AIを使う時代だからこそ、「自分が関わった」と感じられる余地を残すことが、創造性と所有感を守るために必要なのです。


シリーズ「AI時代の『人間らしさ』を考える」

本記事は、AI時代に人間の創造性、所有感、納得感をどう保つかを考える全3回シリーズの第1回です。

シリーズ構成

第1回:AIに任せすぎると、なぜ私たちは満たされないのか
――自己決定理論とIKEA効果から考える、創造性と所有感

第2回:便利すぎるAIに、なぜ「ほどよい不便」が必要なのか
――不便益とSlow Technologyから考える、人間の関与のデザイン

第3回:AIが出した答えを、なぜチームは実行できないのか
――Fair Processから考える、納得と合意形成のAI活用

次回予告

次回は、「便利すぎるAIに、なぜ『ほどよい不便』が必要なのか」をテーマに、不便益とSlow Technologyの研究を紹介します。AIが速くしてよいものと、人間のためにあえて遅く残したいものを分けながら、AI時代の創造性を支える設計について考えます。

参考文献

Ryan RM, Deci EL. Self-determination theory and the facilitation of intrinsic motivation, social development, and well-being. Am Psychol. 2000 Jan;55(1):68-78. doi: 10.1037//0003-066x.55.1.68. PMID: 11392867.

Norton, M. I., Mochon, D., & Ariely, D. “The IKEA effect: When labor leads to love.” Journal of Consumer Psychology, 2012. https://doi.org/10.1016/j.jcps.2011.08.002.

この記事の執筆者

辻聡美

(株)ハピネスプラネット

チーフアーキテクト

京都大学大学院情報学研究科博士前期課程了。(株)日立製作所入社後、研究開発グループ基礎研究所にて人間行動データの応用に関する研究に従事し、ウェアラブルセンサを用いた50組織2000名以上の職場コミュニケーションの計測と分析、マネジメント改善施策の実行に携わる。2020年の設立当初より株式会社ハピネスプラネットに参画。発明協会平成26年度関東地方発明賞発明奨励賞、第64回オーム社主催公益財団法人電気科学技術奨励会電気科学技術奨励賞受賞他。東京工業大学情報理工学院博士後期課程単位取得退学。趣味は読書と旅行とDIY。

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