1. 便利さは、いつも人を豊かにするのか
前回は、自己決定理論とIKEA効果からAI活用における人間の創造性のあり方について考えました。
今回は、さらにAIとどのように付き合うとよいのかを考えてみたいと思います。
便利な道具は、私たちの負担を減らしてくれます。遠くまで歩かなくてもよい。複雑な計算をしなくてもよい。長い文章を一から書かなくてもよい。
生成AIも、その延長にあります。情報を集め、論点を整理し、文章を整え、アイデアを出し、画像やコードまで作ってくれる。私たちは、かつてないほど速く成果物にたどり着けるようになりました。
しかし、便利さには見落としやすい副作用があります。
便利になりすぎると、私たちは途中で考えたり、迷ったり、試したり、直したりする機会を失うことがあります。結果だけは手に入るのに、理解した感覚が薄い。完成物はあるのに、作った実感が残らない。こうした感覚は、AI時代に多くの人が経験しうるものです。
これは、AIに限った話ではありません。ナビアプリは目的地まで最短で連れていってくれますが、街の構造を覚える機会は少なくなります。自動補正された写真はきれいですが、自分が何を美しいと感じたのかを考える時間は短くなります。おすすめアルゴリズムは次に見るものを提示してくれますが、自分で探し回る偶然は減ります。
便利さは、目的達成を助けます。しかし、目的に向かう途中で得られていた理解、発見、身体感覚、試行錯誤まで一緒に取り除いてしまうことがあります。
AI活用でも同じ問題が起こります。AIが素早く答えを出すほど、人間が考える前に成果物が完成してしまう。その結果、「使いやすいのに、どこか物足りない」という感覚が生まれるのです。
2. クリエイト系ゲームが教えてくれる「不便」の価値
このことは、クリエイト系ゲームを思い浮かべると分かりやすいかもしれません。
たとえば、何かを作るゲームでは、最初からすべての素材が手に入るわけではありません。遠くまで行く必要がある。材料を集める必要がある。道具を作る必要がある。失敗したらやり直す必要がある。
一見すると不便です。けれども、その不便さがあるからこそ、作る過程に意味が生まれます。素材を集めた記憶、少しずつ上達した感覚、思い通りにいかなかった試行錯誤、ようやく完成したときの満足感。
マインクラフトのようなゲームが面白いのは、単に自由に作れるからではありません。自由でありながら、不便があるからです。素材を取りに行く。夜を越える。道具を整える。地形に合わせて設計を変える。そうした制約があることで、「自分がこの世界で作っている」という感覚が生まれます。
もし最初から完璧な建物が一瞬で生成されるだけなら、作品は立派でも、「自分が作った」という実感は薄くなるかもしれません。
これは、ゲームに限らず、仕事や創作にも通じます。
最初から完成された企画書が出てくる。最初から整ったデザインが出てくる。最初からもっともらしい戦略案が出てくる。もちろん便利です。しかし、その過程で自分が何に迷い、何を選び、何を乗り越えたのかが残らなければ、完成物への愛着や理解は薄くなります。
AI活用にも、同じ問題があります。
3. 不便益――不便には、人を関与させる力がある
この問題を考えるうえで参考になるのが、「不便益」という考え方です。
不便益とは、不便そのものを礼賛する考えではありません。不便の中に含まれている、工夫、理解、習熟、気づき、関与といった価値に注目する考え方です。
川上浩司による “Systems Design Based on the Benefits of Inconvenience” は、不便によって得られる益をシステム設計に活かす視点を提示しています。便利な生活は、かつて私たちが担っていたプロセスをブラックボックス化してきた、という問題意識が示されています。
たとえば、紙の地図を見ながら歩くことは、スマートフォンのナビに比べれば不便です。しかし、その不便さの中で、街の構造を覚えたり、周囲を観察したり、自分なりの道を見つけたりすることがあります。すべてを自動で案内されると、目的地には速く着けますが、自分で土地勘を獲得する経験は少なくなります。
手書きのメモも同じです。検索性や共有性ではデジタルノートの方が便利です。しかし、手で書くことで、自分の思考の速度に合わせて言葉を選び、線を引き、余白に書き足し、重要な部分を身体的に感じ取ることがあります。
便利なツールは、作業を軽くします。けれども、不便な行為の中には、理解を深めたり、自分の関与を感じたりするきっかけが含まれていることがあります。
AI活用でも同じことが起こります。
AIが最初から完成度の高い答えを出してくれると、私たちは速く前に進めます。しかし、どの問いを立てるべきか、どの案を残すべきか、なぜその表現を選ぶのか、といった判断を省略しすぎると、自分の理解や関与が薄くなります。
4. 「ほどよい不便」は、無駄な手間ではない
だから必要なのは、不便に戻ることではありません。必要なのは、「ほどよい不便」を設計することです。
ほどよい不便とは、無駄な作業を増やすことではありません。人間が判断し、選び、直し、意味づける余地を残すことです。
ここで大切なのは、「よい不便」と「悪い不便」を分けることです。
悪い不便とは、目的に関係のない手間です。何度も同じ情報を入力させる。承認のためだけの承認を増やす。探せばすぐ分かる情報を、人間に毎回探させる。これは、単なる負担です。
一方で、よい不便とは、人間の判断や理解に関わる手間です。
AIが10案を出す。その中から人間が3案を選び、選ばなかった理由も考える。
AIが文章を整える。その前に、人間が「今回もっとも伝えたいこと」を決める。
AIが会議のまとめを作る。そのあとに、人間が「この議論で自分たちが何を決めたのか」を確認する。
こうした手間は、速度だけで見れば遅く見えます。しかし、人間が成果物を理解し、自分のものとして引き受けるためには重要です。
AIの便利さを活かしながら、人間の関与を残す。これが「ほどよい不便」です。
5. Slow Technology――速さではなく、余白を設計する
この視点は、Hällnäs and Redström の “Slow Technology” ともつながります。
彼らは、技術を単に速く効率的な道具としてではなく、反省や精神的な余白を生むものとして設計する考え方を提示しました。Slow Technology は、効率を否定するものではありません。すべてを速くするのではなく、人が考え、意味づけるための時間を技術の中にどう残すかを問うものです。
AI時代には、この考え方がいっそう重要になります。
なぜなら、AIは人間の思考の途中に入り込み、速く、なめらかに、もっともらしい形を提示するからです。私たちが迷う前に候補を出し、考えきる前に結論を整え、言葉にする前に文章を完成させてくれます。
それは大きな力です。しかし同時に、迷う時間、比較する時間、違和感を持つ時間、自分の判断を形成する時間を短くしてしまうことがあります。
たとえば、会議の直後にAIが完璧な議事録を出してくれることは便利です。しかし、その議事録が「誰が何に納得していないのか」「どこにまだ迷いが残っているのか」を含まない場合、きれいな記録は残っても、実行に必要な意味づけは残りません。
また、AIがすぐに結論を整えてくれると、私たちは「それらしくまとまったもの」を早く得られます。しかし、違和感を抱えたまま考える時間が短くなり、本当の論点にたどり着く前に結論が固定されてしまうこともあります。
だからこそ、AI時代には、速さだけでなく余白の設計が必要です。
6. AIが速くしてよいもの、人間のために遅く残すもの
では、AIは何を速くし、何を遅く残すべきなのでしょうか。
速くしてよいものがあります。情報の収集、論点の整理、抜け漏れの確認、比較案の作成、表現の整形。これらはAIが支援する価値が大きい領域です。人間の負担を減らし、考えるための材料を増やしてくれます。
一方で、遅く残したいものがあります。何を大切にするか。どの案を選ぶか。誰のために作るか。何を捨てるか。なぜこれを実行するのか。最後に自分たちの言葉でどう語るか。
ここを速くしすぎると、人間の関与が薄くなります。成果物はできても、納得や所有感が残りにくくなります。
たとえば、AIに施策案を作らせることはできます。しかし、その施策が自分たちの組織に合っているか、現場が動けるか、誰の負担が増えるか、何を諦めるのかは、人間が考えなければなりません。
AIにブランドコピーを作らせることもできます。しかし、その言葉が自分たちの価値観に合っているか、顧客にどう響くか、言い切る責任を持てるかは、人間が判断する必要があります。
AIが速くするべきものと、人間のために遅く残すべきものを分けること。これが、これからのAI活用の核心です。
7. ほどよい不便は、人間の判断を守る設計原理である
「ほどよい不便」は、時代遅れの手間ではありません。AI時代に人間が自分の判断を保ち、創造の手応えを失わないための設計原理です。
AIを使うことは、考えることをやめることではありません。AIを使うことで、人間がより深く考えるための余白を作ることもできます。
そのためには、すべてを便利にしない勇気が必要です。便利さの中に、あえて人間が関わる余地を残す。そこに、AI時代の創造性と、人間らしい満足感の入口があります。
AIに任せることで、私たちは多くの作業から解放されます。しかし、人間が意味を感じるためには、残すべき手間があります。
それは、遅さのための遅さではありません。人間が自分の判断を持ち、成果物を引き受け、仲間とともに前に進むための「ほどよい不便」です。
シリーズ「AI時代の『人間らしさ』を考える」
本記事は、AI時代に人間の創造性、所有感、納得感をどう保つかを考える全3回シリーズの第2回です。
シリーズ構成
第1回:AIに任せすぎると、なぜ私たちは満たされないのか
――自己決定理論とIKEA効果から考える、創造性と所有感
第2回:便利すぎるAIに、なぜ「ほどよい不便」が必要なのか
――不便益とSlow Technologyから考える、人間の関与のデザイン
第3回:AIが出した答えを、なぜチームは実行できないのか
――Fair Processから考える、納得と合意形成のAI活用
次回予告
次回は、「AIが出した答えを、なぜチームは実行できないのか」をテーマに、企業におけるAI活用と合意形成について考えます。AIが正しい案を出すだけでは、組織は動き続けられません。人間たちが「自分たちで納得して決めた」と感じるために、どのようなプロセスが必要なのかを、Fair Processや共通基盤の研究から見ていきます。
参考文献
H. Kawakami, Systems Design Based on the Benefits of Inconvenience, pp.1–10, Translational Systems Sciences 31, Springer (2023) DOI: 10.1007/978-981-19-9588-0_1
Hallnäs, L., Redström, J. Slow Technology – Designing for Reflection. Personal Ub Comp 5, 201–212 (2001). https://doi.org/10.1007/PL00000019




