第1回:AIは自ら壁を突破できるか ― 決定論的収束という課題

創造AI『FIRA』を支える量子代数の数理

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これから全5回にわたって、ハピネスプラネット社が開発した「AQI(Algebraic Quantum Intelligence:代数的量子知能)」という技術が、どのように創造性の本質を捉え、意思決定支援サービス『FIRA』の核となっているのかを説明します。

第1回となる今回は、私たちが解決すべき最大の敵とも言える、現代AIの宿命、「決定論的収束」という課題を徹底的に掘り下げます。なぜ今のAIは、賢ければ賢いほど、新しいアイデアが出せなくなってしまうのか。その数理的なジレンマについて考えていきましょう。

参考文献

  1. K. Yano et al., “Algebraic Quantum Intelligence: A New Framework for Reproducible Machine Creativity,” arXiv:2602.14130 [cs.AI], Feb. 2026. Available: https://arxiv.org/abs/2602.14130

ChatGPTやGeminiに代表される大規模言語モデル(LLM)の設計思想は、膨大な過去のテキストデータを教師として学習し、ある文脈の次に続くべき最も確率の高い言葉を予測して、つなげていくという「最尤度選択」という原理に基づいています。

この課題は、「学習された情報の模倣(イミテーション)」と「真に新しい構造の生成(創造)」は異なるという点です。LLMは、統計的に「もっともらしい」答えを導き出すことには長けていますが、それはあくまで過去のデータの延長線上にある平均的な正解に留まります。

AIに前例踏襲を期待するのなら、この原理でも役立ちます。しかし、ビジネスでの判断や意思決定や変革には、過去を模倣するのではなく「創造的な課題解決」(あるいは適応的課題解決)が必要です。

  • ビジネス戦略: 競合がひしめく市場で、過去の成功事例をなぞるだけの戦略は価値を生めません。
  • 政策立案: 前例のないパンデミックや急速な気候変動に対し、過去の統計データのみで判断を下すことは不可能です。
  • キャリア設計: 社会構造が激変する中で、かつての「正解」とされるキャリアパスを模倣することは、むしろリスクを伴います。

既存のAI評価ベンチマーク(MMLUやMATHなど)の多くが、「唯一の正しい答え」が存在する問題を前提としています。このため、AIがこれらのテストで高得点を出すのは「正解を模倣する能力」は高まっていますが、答えのない領域へ踏み出す「創造的課題解決」の能力は評価されていないという状況が生じます。

大規模言語モデルにおける決定論的収束

2. 「決定論的収束」という見えない壁

次に、推論プロセスにおいて起こる決定論的収束について詳述します。これは、AIに詳細な情報を与えるほど、その思考が硬直化していくという逆説的な現象です。

LLMの生成プロセスを数式で表すと、時刻 \(t\) までの入力トークン列 \(x_{1}, \dots, x_{t}\) を条件とした、次のトークン \(x_{t+1}\) の条件付き確率分布 \(P(x_{t+1}|x_{1}, \dots, x_{t})\) の計算となります。

ここで起こる課題は、文脈(コンテキスト)が長くなり制約条件が増えるほど、この確率分布 \(P\) が特定の語彙に対して非常に鋭いピークを持つようになることです。これを「確率分布の先鋭化」と呼びます。

本来、リッチな文脈を与えることはAIにより深い推論をさせるための手段でしたが、実際には逆の効果を生みます。

  • 可能性の崩壊: 分布が先鋭化すると、次に選ばれる言葉は実質的に一意に決まってしまい、可能性の幅が消滅します。
  • 決定論的な結果: この状態では、AIは「これしかあり得ない」という統計的な確信に囚われ、自由な探索が不可能な「決定論的」な挙動を示すようになります。

LLMでは、意図的にノイズを入れて(温度というパラメータを操作します)、出力をランダムに散らすことは可能です。しかし、それは単なる「ノイズ」の混入に過ぎず、論理的な一貫性を保ったまま探索空間を広げることにはなりません。この収束はトランスフォーマーという生成AIのアーキテクチャの根幹に根ざした構造的な宿命であり、単なるサンプリング手法の工夫や追加学習などで突破することは極めて困難です。

この閉塞状態を打破するために必要な「意味空間の拡張」の理論的背景を整理します。

現在の生成AIが「可能性を絞り込む」ことで答えを出すのに対し、人間の創造的な課題解決は、単純に絞り込んだりしません。むしろ、「未来空間」(未来の可能性の空間)を拡げたり深めたりしながら、そこから選択したり、絞り込んでいくのです。未来空間の中では、複数の潜在的な可能性を同時に維持しながら、それらの要因を相互に作用させて新しい意味を創り出す仕組みを持っています。これをAIに実現するためには、要素間で互いに強め合ったり弱めあったりする複雑な干渉パターンが実現できる数学的な枠組みが必要です。これを可能にするのが、量子論の舞台である「ヒルベルト空間」です

創造性とは、この空間において意味が「不連続に分岐する」営みで、生成AIの決定論的な仕組みでは実現不可能なのです。

  • 文化の進化: 心理学者のチクセントミハイや経営学者の野中郁次郎が指摘するように、知の創出は、静的な情報の蓄積ではなく、動的な相互作用から生まれます。
  • 非古典的現象: 人間の意思決定には、古典的な確率論では説明できない「文脈依存性」や「干渉効果」が見られることが、量子認知科学の研究で明らかになっています。

真の課題は、「意味空間そのものを、推論のプロセスの中でダイナミックに再構成・拡張し続ける設計原理」を確立することです。これを数理的に制御可能な形で、既存の計算機基盤の上で再現しようとするのが、AQIフレームワークの試みです。

パラダイムシフト:模倣から共創へ

現代のAIが「賢くなるほど収束し、不自由になる」という矛盾を抱えている以上、この決定論的な呪縛から解き放つための新たな設計原理が必要です。

次回のテーマは、「量子代数」です。

  • \(AB \neq BA \)の世界: 「何を考えるか」だけでなく、「どの順序で考えるか」が異なる結論を導き出す、量子力学の根幹をなす「非可換性(Noncommutativity)」を導入します。
  • C-valueの誕生: この順序による「ズレ」を、創造性のエネルギー源として定量化する手法について解説します。

次回は、創造性を数理で設計するための具体的な演算手法に踏み込みます。


第0回:創造性は「一人の頭の中」には存在しない

人間のコミュニケーションに注目して創造性とは何かを研究してきたハピネスプラネット社が、創造性は設計可能かという問いに向き合い、創造AI『FIRA』を開発した背景を紹介します。

第1回:AIは自ら壁を突破できるか ― 決定論的収束という課題(現在のページ)

LLMは文脈が長くなるほど確率分布が鋭くなり、生成内容が事実上ユニークに固定される構造的制約を持っています。この性質が予測精度を高める一方で、未知の解を求めるための「探索の幅」を自ら損なわせている事実を提示し、AQIの挑戦について論じます。

第2回:視点の順序がひらめきを編む ― 量子代数と非可換性の数理

専門的な視点を数学的な作用素(オペレータ)とし、適用の順序によって結果が異なる「非可換性」を導入します。順序の入れ替えによる意味の乖離を「創造性価値(C-value)」として数値化し、これが創造的な分岐のエネルギーとなるメカニズムを解説します。

第3回:思考の停滞を数学的に阻止する ― 不確定性関係による下限保証

量子力学におけるロバートソン型不確定性関係を推論に応用します。視点間に非可換性が存在する限り、意味の探索幅(標準偏差)が数学的にゼロになることを阻止する仕組みを詳説し、創造性の下限を構造的に保証する設計思想を提示します。

第4回:知能を駆動するエンジン ― クリエイティブ・ハミルトニアンと実証データ

意味状態を更新する「S-Generator」と、戦略を更新する「H-Generator」が交互に駆動する二層アーキテクチャについて解説します。既存モデルを平均27ポイント上回った実証データとともに、知能を駆動する「ハミルトニアン」の構造を示します。さらに、AI自身の創造性だけでなく、受け手側のメタ認知やリフレーミングを刺激する「共創指標(CCI)」の理念を整理します。

第5回(最終回):FIRAが開く共創の未来

最後に、AIとの創造的な対話を通じてどのように人々が未来を築いていくのか、「共創」社会への展望を述べます。


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この記事の執筆者

辻聡美

(株)ハピネスプラネット

チーフアーキテクト

京都大学大学院情報学研究科博士前期課程了。(株)日立製作所入社後、研究開発グループ基礎研究所にて人間行動データの応用に関する研究に従事し、ウェアラブルセンサを用いた50組織2000名以上の職場コミュニケーションの計測と分析、マネジメント改善施策の実行に携わる。2020年の設立当初より株式会社ハピネスプラネットに参画。発明協会平成26年度関東地方発明賞発明奨励賞、第64回オーム社主催公益財団法人電気科学技術奨励会電気科学技術奨励賞受賞他。東京工業大学情報理工学院博士後期課程単位取得退学。趣味は読書と旅行とDIY。