第0回:創造性は「一人の頭の中」には存在しない

創造AI『FIRA』を支える量子代数の数理

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本連載では、株式会社ハピネスプラネットが開発し、意思決定支援サービス「FIRA」に実装している基盤技術「AQI(Algebraic Quantum Intelligence:代数的量子知能)」の論文を解説します。

ハピネスプラネットでは長年、数百万件に及ぶデータの分析を通じて、コミュニケーションの場がいかに集団の幸福や創造性に直結するかを科学的に研究してきました。その知見をシステムとして結実させたのがFIRAであり、その数理的根拠となるのが本論文で提案する「AQI」というフレームワークです。

参考文献

  1. K. Yano et al., “Algebraic Quantum Intelligence: A New Framework for Reproducible Machine Creativity,” arXiv:2602.14130 [cs.AI], Feb. 2026. Available: https://arxiv.org/abs/2602.14130

私たちハピネスプラネットは、長年にわたり人間同士のコミュニケーションと、そこから生まれる幸福(ハピネス)や生産性の関係を科学的に研究してきました。数100以上の部署、数千人に及ぶ対面でのコミュニケーションの分析を通じて私たちが確信したのは、「創造性とは、個人の脳内に閉じた才能ではなく、人と人、人と空間、あるいは異なる視点同士の『関わり(相互作用)』の中から立ち上がる現象である」ということです 。

創造性が高まる「幸せな集団」の場には、以下の4つの客観的な特徴が備わっていることを突き止めてきました。

  • Flat(均等): つながりに格差がなく、上下関係だけでなく横や斜めのネットワークが均等に保たれている状態。
  • Improvised(即興的): 5〜10分程度の短い会話が高頻度で行われ、予測不能な展開から新たな行動が生まれている状態。
  • Non-verbal(非言語的): 会話中に身体の動きが同調し、共感や信頼が醸成されている状態。
  • Equal(平等): 会議や会話における発言権が特定の個人に偏らず、平等に分配されている状態。

創造性とは、決して一人の脳内に閉じた才能ではありません。繰り返しになりますが、こうした「フラットさ」や「即興性」を伴う、人間同士の動的な相互作用の中から立ち上がる現象なのです。

創造性の高い集団におけるコミュニケーションの特徴
創造性とは、個人の才能ではなく動的な相互作用から立ち上がる現象である

連載を貫く問い:創造性は設計可能か

私たちが本連載を通じて探究したいのは、一つの大きな仮説です。それは、「もし、AIによって理想的な『創造的な場』を用意することができれば、そこでの対話を通じて、人間の可能性はもっと広げられるのではないか?」というものです。

この仮説の先にあるのが、本連載の核心となる以下の問いです。

創造性は、たまたま生まれる『幸運』なのか。それとも、数理によって意図的に引き起こせる『設計可能な必然』なのか

現在の主流である大規模言語モデル(LLM)は、驚くほど流暢に言葉を紡ぎますが、皮肉なことに「学習が進み、文脈が深まるほど、無難な回答に収束してしまう」という構造的な宿命を背負っています。これは、現在のAIが過去のデータの最大公約数的な正解を模倣するように設計されているからです。

しかし、私たちが求める創造的な場に必要なのは、過去の正解をなぞることではなく、予期せぬ視点の掛け合わせから新しい意味を生むことです。この構造的な壁を乗り越え、AIが単なる回答マシンから、人間の思考をリフレーム(再構築)し、メタ認知を刺激する創造的パートナーへと進化するためには、どのような仕掛けが必要か。

AIが自律的に意味の分岐を作り出し、人間側の創造性をいかに引き出すのか。その背後にある厳密な数理的プロセスを、全5回で詳述します。

私たちがこの決定論的な収束を打破し、AIに自律的な飛躍を導入するために選んだアプローチは、物理学の知見を知能の設計図に移植することでした。ハピネスプラネットの代表であり本論文の筆頭著者である矢野和男は、長年コミュニケーションを研究する一方で本来は量子物理を専門とする科学者でもあります。

先述したコミュニケーションの現場で見出した現象は、実は量子力学の根幹をなす「非可換代数(ひかかんだいすう)」の数理と類似型を成しています。単なる比喩ではなく、厳密な物理の数理を適用することで、初めてAIの構造的限界を突破することが可能になったのです。

  • 「順序」が意味を創る数理(\(AB \neq BA\)): 人間同士の熟議において、どの視点をどの順番でぶつけるかは、創造的な結論を得るための決定的な要因です。AQIでは、専門的な視点を「演算子」として定義し、その適用順序によって結果が変わる構造を導入しました。これにより、AIは「足して二で割る平均解」ではなく、順序による「意味の分岐」を自律的に生み出します。
  • 不確定性原理による「探索の下限」の保証: AIがもっともらしい一点へと収束しようとする力を持つのに対し、量子力学の不確定性関係 \(\sigma_A \sigma_B \ge \frac{|\langle [A,B] \rangle|}{2}\) を適用します。視点(演算子)が非換である限り、そこに含まれる複数の要素が強め合ったり弱めあったりすることで、単なる平均を超えた複雑な干渉パターン(量子干渉)が発生します。これにより、AIが自ら思考の幅を閉ざすことを防ぎ、創造的な探索幅を数学的に構造的に保証しています。

これらは、私たちが長年のコミュニケーション研究で培ってきた「人と人の間で起こる化学反応」を、デジタルな知能の上で再現し、制御可能にするための数理的な設計図なのです。


第0回:創造性は「一人の頭の中」には存在しない(現在のページ)

人間のコミュニケーションに注目して創造性とは何かを研究してきたハピネスプラネット社が、創造性は設計可能かという問いに向き合い、創造AI『FIRA』を開発した背景を紹介します。

第1回:AIは自ら壁を突破できるか ― 決定論的収束という課題

LLMは文脈が長くなるほど確率分布が鋭くなり、生成内容が事実上ユニークに固定される構造的制約を持っています。この性質が予測精度を高める一方で、未知の解を求めるための「探索の幅」を自ら損なわせている事実を提示し、AQIの挑戦について論じます。

第2回:視点の順序がひらめきを編む ― 量子代数と非可換性の数理

専門的な視点を数学的な作用素(オペレータ)とし、適用の順序によって結果が異なる「非可換性」を導入します。順序の入れ替えによる意味の乖離を「創造性価値(C-value)」として数値化し、これが創造的な分岐のエネルギーとなるメカニズムを解説します。

第3回:思考の停滞を数学的に阻止する ― 不確定性関係による下限保証

量子力学におけるロバートソン型不確定性関係を推論に応用します。視点間に非可換性が存在する限り、意味の探索幅(標準偏差)が数学的にゼロになることを阻止する仕組みを詳説し、創造性の下限を構造的に保証する設計思想を提示します。

第4回:知能を駆動するエンジン ― クリエイティブ・ハミルトニアンと実証データ

意味状態を更新する「S-Generator」と、戦略を更新する「H-Generator」が交互に駆動する二層アーキテクチャについて解説します。既存モデルを平均27ポイント上回った実証データとともに、知能を駆動する「ハミルトニアン」の構造を示します。さらに、AI自身の創造性だけでなく、受け手側のメタ認知やリフレーミングを刺激する「共創指標(CCI)」の理念を整理します。

第5回(最終回):FIRAが開く共創の未来

最後に、AIとの創造的な対話を通じてどのように人々が未来を築いていくのか、「共創」社会への展望を述べます。


本連載を通じて以下のような問いに答えていきたいと思います。

  • なぜ最新のAIを使っても、最終的にはどこかで見たような答えに落ち着いてしまうのか?
  • ひらめきを運任せにせず、数理的に下限を保証することは本当に可能なのか?
  • 創造性の高い議論を進めるためのAIの仕組みは?
  • 創造的な場は、私たちの働き方をどう変えるのか?

創造性はもはや、霧の中にあるあいまいな概念ではありません。それはハピネスプラネットが培ってきたコミュニケーションの知見と、最先端の量子代数が融合した、意思決定を加速させる実戦的な力となります。次回の第1回では、現代AIが抱える「決定論的収束」という壁について詳述します。


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この記事の執筆者

辻聡美

(株)ハピネスプラネット

チーフアーキテクト

京都大学大学院情報学研究科博士前期課程了。(株)日立製作所入社後、研究開発グループ基礎研究所にて人間行動データの応用に関する研究に従事し、ウェアラブルセンサを用いた50組織2000名以上の職場コミュニケーションの計測と分析、マネジメント改善施策の実行に携わる。2020年の設立当初より株式会社ハピネスプラネットに参画。発明協会平成26年度関東地方発明賞発明奨励賞、第64回オーム社主催公益財団法人電気科学技術奨励会電気科学技術奨励賞受賞他。東京工業大学情報理工学院博士後期課程単位取得退学。趣味は読書と旅行とDIY。