仕事が終わったはずなのに、頭の中では仕事が続いている。
夕食を食べながら、返信していないメールを思い出す。お風呂に入りながら、翌日の会議について考える。休日にも仕事用チャットの通知が気になり、何となく落ち着かない。
このような経験に心当たりがある方は多いのではないでしょうか。
特に、リモートワークやスマートフォンの普及によって、仕事と私生活の境界線は以前よりも曖昧になっています。パソコンを閉じても、心理的には仕事を終えられていないことがあります。
では、仕事の疲れを翌日に持ち越さず、バーンアウトを防ぐためには、仕事以外の時間をどのように過ごせばよいのでしょうか。
今回は、この疑問に一つのヒントを与えてくれる以下の研究をご紹介します。
Le Moal, M., & Torrès, O. (2026). Satisfaction with work-life balance as a mediator between recovery experiences and burnout in agricultural entrepreneurs. Journal of Agromedicine. DOI: 10.1080/1059924X.2026.2672146
この研究では、フランスの農業経営者916人を対象に、仕事以外の時間における「回復経験」とバーンアウトの関係を調査しました。
研究結果から見えてきたのは、単に休息時間を確保するだけでは不十分だということです。
重要なのは、仕事以外の時間を 自分でコントロールできていると感じられるかどうか でした。
何時間休んだかだけではなく、「今日は何をするか」「何時に仕事を終えるか」「今は仕事をしないと決められるか」という自己決定感が、心身の回復に関わっている可能性があります。
研究の背景:休んでいるはずなのに、なぜ疲れが取れないのか
今回の研究対象となったのは、フランスの農業経営者です。
農業経営者は、農作業だけでなく、経営判断、資金管理、販売、規制への対応など、さまざまな役割を担っています。天候や市場価格など、自分ではコントロールしにくい要因にも、日常的に向き合わなければなりません。
また、自宅と職場が近接していることが多く、明確な「退勤時間」を設けにくいという特徴があります。仕事と生活が地続きになりやすく、いつ仕事が終わったのか曖昧になりやすい働き方です。
もちろん、農業経営者と一般的な会社員では、働き方や環境が異なります。一方で、仕事と私生活の境界線が曖昧になりやすいという点では、リモートワークをする会社員、管理職、副業に取り組む人、個人事業主などにも共通する部分があります。
仕事を終えたあともメールを確認する。休日にもチャットへ返信する。夕食後に再びパソコンを開く。
自由時間があるように見えても、いつ仕事が入り込んでくるかわからない状態では、十分に休めている感覚を持ちにくくなります。
回復経験とは何か?
研究チームが注目したのは、仕事以外の時間における「回復経験」です。
回復経験とは、仕事によって消耗した心身のエネルギーを回復させるための経験を指します。単純に休憩時間の長さだけを見るのではなく、「仕事以外の時間をどのように過ごしているか」に注目した考え方です。
代表的な回復経験として、次の4つが挙げられます。
1. 仕事から心理的に離れる
仕事から心理的に離れるとは、仕事以外の時間に、仕事のことを考え続けないことです。
たとえば、次のような状態です。
- 帰宅後は業務メールを確認しない
- 休日は仕事用チャットを開かない
- 仕事で起きた失敗を何度も思い返さない
- 翌日の業務について考え続けない
単に職場を離れるだけではなく、頭の中でも仕事から離れることがポイントです。
2. リラックスする
リラックスとは、心身への負荷が低く、緊張がほどけるような時間を過ごすことです。
たとえば、散歩、入浴、読書、音楽、家族や友人との会話などが挙げられます。特別な活動をする必要はありません。
3. 仕事以外で達成感を得る
仕事以外の領域で、新しいことを学んだり、少し難しいことに挑戦したりする経験です。
たとえば、運動、語学学習、資格の勉強、料理、楽器、創作活動などがあります。
4. 自分の時間を自分でコントロールする
自分の時間を自分でコントロールするとは、仕事以外の時間を、自分の意思で選んで使えると感じることです。
たとえば、次のような感覚です。
- 今日は早めに仕事を終える
- 夕食後は仕事をしない
- 休日の午前中は予定を入れない
- 疲れているので、運動ではなく休息を選ぶ
- 人と会うのではなく、一人で過ごす
- 何もしない時間をあえて確保する
重要なのは、何をするかではありません。自分で選べていると感じられるかどうかです。
研究概要:フランスの農業経営者916人を調査
研究チームは、フランスの農業経営者916人を対象にアンケート調査を行いました。
調査では、主に次の3つを測定しました。
- 4種類の回復経験をどの程度得られているか
- ワーク・ライフ・バランスにどの程度満足しているか
- バーンアウトの中心的な症状である消耗感をどの程度抱えているか
分析では、年齢、性別、パートナーの有無、子どもの人数、週あたりの労働時間、農場の種類などの影響も考慮されました。
また、研究チームは、回復経験がバーンアウトと直接関連するだけでなく、「ワーク・ライフ・バランスの満足度」を通じて間接的にも関連するのではないかと考えました。
つまり、次のような経路を想定したのです。
自分の時間を自分で選べる → 仕事と私生活のバランスに納得できる → バーンアウトが少ない
研究結果:最も強く関連していたのは「自分の時間を自分でコントロールすること」
分析の結果、ワーク・ライフ・バランスの満足度と有意に関連していたのは、次の3つでした。
| 回復経験 | ワーク・ライフ・バランスの満足度との関連 |
|---|---|
| 自分の時間を自分でコントロールする | β = 0.317 |
| リラックスする | β = 0.254 |
| 仕事から心理的に離れる | β = 0.190 |
| 仕事以外で達成感を得る | 有意な関連なし |
β(ベータ)は、変数同士の関連の強さを比較するための指標です。数値が大きいほど、関連が強いことを意味します。
今回の研究で、ワーク・ライフ・バランスの満足度と最も強く関連していたのは、自分の時間を自分でコントロールすること でした。
この結果は、とても重要です。
休息というと、一般的には「何時間寝たか」「休日を取れたか」「リラックスできたか」と考えがちです。しかし、実際には、自由時間が長ければ必ず回復できるとは限りません。
たとえば、仕事が終わったあとに2時間の自由時間があったとしても、いつ上司から連絡が来るかわからない。メールが届いたらすぐに返信しなければならない。翌日の準備をしなければならない。
このような状態では、形式的には休んでいても、「自分の時間」という感覚を持ちにくくなります。
反対に、自由時間がそれほど長くなくても、「この時間は仕事をしない」「今夜は自分の好きなことをする」と自分で決められると、回復しやすくなる可能性があります。
ワーク・ライフ・バランスへの満足度が高いほど、バーンアウトが少ない
ワーク・ライフ・バランスへの満足度は、バーンアウトの少なさと比較的強く関連していました。
| 関連 | β |
|---|---|
| ワーク・ライフ・バランスへの満足度 → バーンアウト | -0.399 |
マイナスの数値は、ワーク・ライフ・バランスへの満足度が高い人ほど、バーンアウトの程度が低い傾向にあったことを示します。
また、自分の時間を自分でコントロールすることは、ワーク・ライフ・バランスへの満足度を通じて、バーンアウトの少なさと間接的にも関連していました。
| 回復経験 | ワーク・ライフ・バランスを通じた間接的な関連 |
|---|---|
| 自分の時間を自分でコントロールする | β = -0.126 |
| リラックスする | β = -0.101 |
| 仕事から心理的に離れる | β = -0.076 |
ここでも、間接的な関連が最も強かったのは、自分の時間を自分でコントロールすることでした。
仕事以外の時間を、自分の意思で使えている。その感覚が、ワーク・ライフ・バランスへの納得感につながり、結果として消耗感の少なさと関連していると考えられます。
自由時間があっても「自分の時間」とは限らない
私たちは、休息を時間の長さだけで考えてしまいがちです。
たとえば、平日の夜に3時間の空き時間がある。土日は仕事が休みになっている。有給休暇も取得できている。数字だけを見ると、十分に休めているように思えます。
しかし、その時間を本当に自分で使えているでしょうか。
夕食後も仕事用チャットが気になる。休日にもメールを確認する。予定が詰まりすぎて、自分の意思で過ごし方を決められない。
このような状態では、仕事をしていない時間があっても、心理的には仕事や義務に縛られたままです。
大切なのは、単に余暇を増やすことではありません。自分の時間に対する主導権を取り戻すこと です。
会社員が取り入れやすい3つの工夫
今回の研究結果を、そのまま会社員に当てはめることはできません。一方で、仕事と私生活の境界線が曖昧になりやすい方にとって、参考になる考え方があります。
1. 終業時刻を先に決める
仕事が終わらない原因の一つは、仕事量が多いことだけではありません。「何時まで仕事をするか」を決めないまま働き始めることも、長時間労働につながります。
特に在宅勤務では、通勤による切り替えがないため、「あと少しだけ」と仕事を続けたり、夕食後に再びパソコンを開いたりしやすくなります。
そこで、仕事を始める前や午前中のうちに、終業時刻を先に決めます。
たとえば、次のように設定します。
- 今日は19時で仕事を終える
- 20時以降はメールを確認しない
- 夕食後は仕事用チャットを開かない
- 緊急対応を除き、休日はパソコンを開かない
今回の研究では、終業時刻を固定すること自体の効果は検証されていません。ただし、仕事から心理的に離れる時間を確保し、自分の時間を自分でコントロールするための方法として、取り入れやすい工夫の一つです。
2. 仕事を終える前に、翌日のタスクを書き出す
仕事を終えたあとも、頭の中で業務について考え続けてしまうことがあります。「あのメールに返信しなければならない」「明日の会議の準備が終わっていない」と考えると、仕事から心理的に離れにくくなります。
そこで、終業前に、翌日に取り組むタスクを書き出します。
たとえば、次の3つだけでも十分です。
- 明日最初に取り組むこと
- 忘れたくないこと
- 今日やらなくても問題ないこと
「続きは明日やる」と整理できると、仕事を頭の中に抱え続ける必要がなくなります。
3. 休日に「何をしてもよい時間」を確保する
休日に予定を詰め込みすぎると、自分で時間を選べる感覚が失われてしまいます。
家事、買い物、通院、運動、勉強、友人との予定。一つひとつは必要なことでも、すべてをこなそうとすると、休日もタスク処理の時間になってしまいます。
あらかじめ、1時間でも2時間でもよいので、「何をしてもよい時間」を確保してみましょう。
散歩をしてもよい。本を読んでもよい。昼寝をしてもよい。何もしなくてもよい。
重要なのは、最も有意義な過ごし方を選ぶことではありません。そのときの自分に合った過ごし方を、自分で選べることです。
意外な結果:仕事以外の自己成長は、必ずしも回復につながらない
今回の研究では、仕事以外で達成感を得ることは、ワーク・ライフ・バランスの満足度やバーンアウトと有意な関連を示しませんでした。
これは、「趣味や学習には意味がない」ということではありません。運動、勉強、創作活動などが、生きがいや楽しさにつながることは十分に考えられます。
ただし、仕事以外の時間まで「成長しなければならない」「有意義に過ごさなければならない」と考えると、余暇が新たなタスクになってしまいます。
平日は仕事を頑張り、休日は資格の勉強、運動、家事、友人との予定を詰め込む。充実しているように見えても、自分の意思で自由に過ごせる時間がほとんど残っていないことがあります。
疲れているときには、何かを達成することよりも、まずは自分の時間を取り戻すことを優先してもよいのかもしれません。
研究を読むうえでの注意点
今回の研究結果には、いくつか注意点があります。
第一に、対象者はフランスの農業経営者です。一般的な会社員、リモートワーカー、管理職などに、そのまま当てはまるとは限りません。
第二に、この研究は一時点のアンケート結果を分析した横断研究です。そのため、「自分の時間をコントロールできたから、バーンアウトが減った」と因果関係を断定することはできません。もともとバーンアウトの程度が低い人ほど、自由時間を自分でコントロールしやすい可能性もあります。
第三に、今回扱われたバーンアウトは、主に消耗感に焦点を当てたものです。バーンアウトにはさまざまな側面があり、そのすべてを測定したわけではありません。
今後は、長期的に同じ人を追跡する研究や、異なる職種・文化圏を対象とした研究が必要です。
まとめ:疲れを取るために必要なのは「自分の時間を取り戻すこと」
今回の研究では、農業経営者のバーンアウトの少なさと関連する回復経験として、次のような要素が示されました。
- 仕事から心理的に離れること
- リラックスすること
- 自分の時間を自分でコントロールできると感じること
なかでも、ワーク・ライフ・バランスへの満足度と最も強く関連していたのは、自分の時間を自分でコントロールすること でした。
休息というと、私たちはつい「もっと寝る」「旅行へ行く」「運動する」といった行動を考えます。しかし、その前に見直したいのは、自分の時間に対する主導権です。
- 何時に仕事を終えるか。
- 夕食後に仕事をするか。
- 休日に予定を入れるか。
- 疲れている日に、何もしないことを選べるか。
自分の時間を自分で決められる感覚が失われると、形式的には休んでいても、十分に回復しにくくなります。
まずは、明日の終業時刻を先に決める。小さな一歩ですが、仕事の疲れを翌日に持ち越さないための出発点になるかもしれません。
