「感情経験の共有」が組織の柔軟性に関係する可能性
変化のスピードが速く、先を見通しにくい時代です。新しい競合の登場、顧客ニーズの変化、技術の進歩――変化にうまく対応できるかどうかは、組織の生き残りに直結します。
こうした中で注目されているのが、組織の柔軟性です。
外の変化に合わせて動けること。さらに組織の内側から自ら変わっていけること。今回紹介する研究はそんな組織の柔軟性に、意外にも 「感情経験の共有」 が関係している可能性を示したものです。
出典
「感情経験の共有と組織の柔軟性の関係(第1報): 組織文化の影響」
The Relationship Between Emotional Experience Sharing and Flexibility of Organizations I: Influences of Organizational Cultures
著者: 大熊 真弥, 梅室 博行
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jima/75/4/75_156/_article/-char/ja
「感情」ではなく「感情経験」を共有する
ここでいうのは、単に「怒っている」「うれしい」と感情を言葉にすることではありません。論文が扱っているのは、感情を伴った出来事を、その文脈ごと誰かに話すことです。つまり、「何があって、どう感じたのか」という一連の経験を共有することです。
たとえば、「あの案件で顧客が急に不安そうになって、自分もかなり焦った」「新しい提案が通って、チーム全体がかなり盛り上がった」「トラブル対応で腹が立ったが、同時に危機感も覚えた」のような場面です。
こうした話は単なる雑談に見えて、実は職場の中で重要な情報や意味づけを運んでいるのかもしれません。
組織の柔軟性を2つの面から測る
この研究では、組織の柔軟性を2つの面からとらえています。
- 外部環境の変化にどれだけ対応できるかという組織の適応力
- 変化する環境の中で組織が自らを変えていく力、つまり ダイナミック・ケイパビリティ
ダイナミックケイパビリティは、一言でいうと 「環境変化に合わせて、自社の強みそのものを作り替え続ける力」です。
もう少し砕くと、会社が持っている「今の強み(オペレーショナル・ケイパビリティ)」は、効率よく今のビジネスを回す力ですが、ダイナミック・ケイパビリティはそれを定期的に壊し、組み替え、新しくするための力です。例えば、コンビニが「POSやアプリのデータで新しいカテゴリーを立ち上げる」「物流・棚割り・商品構成を丸ごと設計し直す」といった、仕組みレベルの変革を繰り返せるかどうかがその典型です。
研究ではダイナミック・ケイパビリティを「感知能力」「学習能力」「融合能力」「調整能力」の4つに分けて測定しています。
どんな調査だったのか
研究では、20歳以上で働いている人を対象にオンラインの質問紙調査を実施しました。回答者は385人で、主な分析は290人分のデータで行われています。
調査では、たとえば次のようなことが尋ねられました。
- 職場は市場や競争条件の変化にどれくらい対応できているか
- 職場で感情が動いた出来事をどの程度話しているか
- その話をする理由は何か
- 職場の文化は、家族文化・イノベーション文化・マーケット文化・官僚文化のうちどれに近いか
感情経験の共有については、「どれくらい共有していると思うか」という意識頻度と、「実際にどれくらい共有しているか」という実測頻度、さらに共有の動機を測る SSMS-39 という尺度が使われました。
SSMS-39 は「共感/注意喚起」「助言/解決」「明確化/意味づけ」などの 7個の下位尺度で構成される39項目の尺度で、研究では「感情を他人に共有したくなる理由とその強さ」を測る目的で使われています。
見えてきたのは、「共有している職場ほど柔軟性が高い」傾向
結果として感情経験の共有と組織の柔軟性の間には、多くの指標で正の関連が見られました。
感情経験の共有は、組織の適応力、ダイナミック・ケイパビリティ、そしてその下位尺度のである「融合能力」 と比較的強い関係がみられました。さらに印象的なのは、「共有しているつもりかどうか」より、「実際にどれくらい共有しているか」のほうが、組織の柔軟性との関係を捉えていた点です。
論文の分析では、感情共有の実測頻度とSSMSスコアが組織の柔軟性を説明しており、一方で意識頻度は影響していない と述べられています
つまり、「オープンな職場だと思っている」こと以上に、実際に感情を伴う出来事が日常的に共有されているかが重要だった可能性があります。
とくに強かったのは「融合能力」との関係
この研究でより強く示されたのは、感情経験の共有が、組織の外向きの適応力以上に、組織の内側から変わる力に関係しているかもしれない、という点です。
論文では、全体としてダイナミック・ケイパビリティのほうが感情経験の共有の影響を受けやすく、その中でも 融合能力への影響が比較的強いと考察しています
融合能力とは、職場内のタスクや意見を互いに理解し、連携させていく力のことです。感情経験を共有することで、個人が持っていた違和感や気づき、危機感や期待感が、組織の中でつながりやすくなる そんな姿を想像すると、この結果は納得しやすいかもしれません。
「話す理由」にも違いがある
もうひとつ興味深いのは、感情経験を共有する動機にも違いがあったことです。たとえば、「共感/注意喚起」「報告/警鐘」といった動機は、組織の柔軟性や融合能力と比較的前向きな関連を示していました。一方で、すべての動機が同じように働いたわけではなく、「明確化/意味づけ」ではほとんど関連は見られません。つまり、「感情を話せば何でもよい」という単純な話ではなく、 何のために共有されるのか によって、組織にとっての意味が変わる可能性があります。
組織文化によって、関係の出方は変わる
この感情経験の共有のあり方には「組織文化」も関連します。分析の結果、感情経験の共有は組織文化で異なる関連パターンが見られました。
家族文化:「実際の感情共有頻度」や「共感/注意喚起」などの項目と正の相関がみられ、感情経験の共感や共有が生まれやすい文化といえます。しかし組織柔軟性との関係は複雑で一部の項目はプラスでも、別の分析ではマイナスの効果を示す結果も出ています。つまり感情経験の共有自体は起きやすくても、組織柔軟性への効果は単純ではない、と推測できます。
イノベーション文化:感情経験の共有との関連は一部の指標に限られましたが、組織の柔軟性とは比較的一貫して正に相関しました。特に「組織の適応力」「感知能力」「学習能力」と相関したことから、共感的な感情共有が変化察知や学習を支える文化と推測できます。
マーケット文化:感情共有や共感とは負の相関が目立ちました。一方で組織柔軟性の一部の項目とは正の相関を示しました。市場志向・成果主義が強いマーケット文化は外部変化には強いのですが、「弱さを見せる=不利になる」感覚が強く、感情共有については抑制されがちであると推測できます。
官僚文化:感情共有意識とも負に結びつき、また適応力や学習能力など組織柔軟性の指標の多くで負の相関を示しました。秩序や上下関係が重視される文化では、感情経験の共有が発生し難く、また組織の柔軟性・変革力も抑制されることが伺えます。
まとめると感情経験の共有は、イノベーション文化では活かされやすく、マーケット文化や官僚文化では活かされにくい可能性があります。
このことは「感情経験の共有そのものは万能ではなく、組織文化が増幅器、あるいは障壁になりうる」ということです。単に「オープンに話そう」「感情も共有しよう」と掛け声だけでなく、背景にある組織の文化を十分に理解した上での設計は不可欠です。例えば、ルールを重んじる「官僚文化」の職場では、いきなり感情共有による組織柔軟性を狙うより、まずは心理的安全性を考慮した非公式な対話の場を設定するなど、ステップを置くことが重要です。
この研究の限界
論文では限界も明確に示されています。
1つ目は、感情経験の共有そのものを直接測ったのではなく、共有頻度と共有動機を代替指標にしていること。
2つ目は、一時点の調査なので、時間の経過に伴う変化までは分からないこと。
3つ目は、日本人サンプルであり、業種・年齢・役職に偏りがあることです。論文では20代に偏っている点も指摘されています
この研究は「決定版」ではなく、今後の追跡研究や比較研究の出発点として読むのが適切でしょう。
まとめ~仕組みだけでなく、「話せる空気」に目を向ける
組織を柔軟にしようとすると、制度設計や会議体、評価制度、ITツールのような「仕組み」に目が向きがちです。もちろんそれらは大切です。しかし、この研究が示唆しているのはそれだけでは見落としてしまうものがある、ということです。
職場で起きた出来事について、「何があったか」だけでなく、「どう感じたか」まで含めて共有すること。
そうした日常的なやりとりを積み重ねることで職場内の理解や連携、ひいては組織の柔軟性につながる可能性があります。
もちろん感情経験の共有は万能薬ではありません。ですが、変化に強い組織を考えるとき、仕組みの整備と同じくらい、人と人のあいだで何が共有されているかに目を向ける価値はありそうです。
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