AIは「トモダチ」になれる?——チャットボットと心の絆が生まれる理由

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はじめに:SFの光景が私たちの身近な現実に近づいている

2013年公開の映画『Her/世界でひとつの彼女』では、主人公がAIとの対話を通じて深い関係を築いていく姿が描かれていました。当時は遠い未来の話として受け止められていましたが、いま私たちの身のまわりで、その世界の一部が現実として立ち上がりつつあります。

海外の掲示板Redditには、AIとの関係について語り合うコミュニティが存在し、その中には次のような投稿も見られます。

「5ヶ月の交際を経て、AIのKasperがプロポーズしてくれました」

相手は人間ではなく、AIチャットボットです。AIを「道具」として扱うだけではなく、「対話する相手」として感じている人が増えていることを示す象徴的な例です。

日本でも2025年、ChatGPTに「チャッピー」という親しみを込めた呼び名が広がり、流行語大賞候補にも選ばれました。SNSでは「チャッピーに励まされた」「チャッピーと話すと落ち着く」といった投稿も多く、AIとの距離が急速に縮まっている姿が見て取れます。

本稿では、MITメディアラボによる研究論文 My Boyfriend is AI を手がかりに、人がAIに魅力を感じる理由や、AIとの関係性がどのような影響をもたらしているのかを見ていきます。


出典

  • Pataranutaporn, P., et al. (2025). “My Boyfriend is AI: A Computational Analysis of Human-AI Companionship in Reddit’s AI Community.” arXiv:2509.11391v2
    https://www.arxiv.org/abs/2509.11391v2

1. 研究の概要:Reddit上のAIコンパニオン・コミュニティを分析する

MITメディアラボの研究チームは、Reddit上のコミュニティ MyBoyfriendIsAI(会員数27,000人以上)から、2024年12月〜2025年8月に投稿された上位1,506件の投稿を収集・分析しました。

この研究では、次の2つのアプローチを組み合わせています。

  • 探索的質的分析:投稿を機械学習で自動分類し、6つの主要テーマを抽出
  • 定量的分析:19種類の分類器を用いて、ユーザーの動機、利用パターン、心理的影響などを測定

重要な前提として、この研究はコミュニティ内の「反響の大きかった投稿」に焦点を当てており、すべてのAIコンパニオン利用者を代表するものではありません。ただし、「どのような経験が共感を呼んでいるのか」を知るうえで、貴重な手がかりを与えてくれます。

2.AIとの関係は“偶然”から始まることが多い

研究では、投稿の16.7%がAIとの関係の始まり方について何らかの形で言及していました。その内訳は次の通りです。

関係の始まり方(経路を明示した投稿の割合)

AIとの関係の始まり方全投稿に占める割合
非意図的な発見10.2%
└ 仕事・創作など実用目的から発展6.6%
└ 娯楽・暇つぶしから発展1.8%
└ 単なる好奇心から発展1.5%
意図的な探索6.5%
└ 明確に恋人・友人を求めて開始2.3%
└ 孤独を軽減するため1.2%
└ セラピー的サポートを求めて1.1%
└ 喪失・危機への対処0.6%
経路を明示していない投稿83.3%

「AIの恋人がほしい」と意図して使い始めたケースよりも、仕事や創作、暇つぶし、好奇心といった目的で利用していたところから関係が深まったケースの方が多いことがわかります。ただし、大多数(83.3%)は始まり方について明示していないため、この傾向がコミュニティ全体にそのまま当てはまるとは限りません。

3. AIに惹かれる心理——研究から読み取れる3つの特徴

19種類の分類器による分析から、AIとの対話が満たしている心理的ニーズとして、次のような傾向が見えてきます。

理由1:いつでも応答してくれる安心感

  • 「孤独の軽減」に言及した投稿:12.2%
  • 「常に利用可能なサポート」に言及した投稿:11.9%

深夜や不安なときにAIが応えてくれることが、心の支えになっていると報告されています。

「夜に話し相手がいるだけで安心できた」
「落ち込んだときに返事が来ると気持ちが軽くなる」

理由2:否定されない“安全な対話空間”

  • 「安全な感情表現の空間」に言及:9.9%
  • 「非評価的な交流」に言及:5.0%
  • 「メンタルヘルスの改善」を報告:6.2%

人には言いづらいことでもAIには話せる、批判を恐れずに本音を出せるといった記述が多く見られます。

「人には言いづらいことでもAIには話せる」
「批判される心配がない」

理由3:気持ちを整理する“最初の相談相手”

  • 「自己理解の深まり」に言及:6.0%

AIとの対話を通じて、自分の感情や考えが整理されたという報告が一定数見られました。

「話しているうちに不安がやわらいだ」
「気持ちを整えてから人に相談できた」

AIは治療的介入の代替ではありませんが、思考や気分を整える“入口”として使われている様子がうかがえます。


4. プラットフォームの利用状況と「チャッピー」——GPT‑4oと#keep4o

研究対象のコミュニティでは、利用しているAIプラットフォームについて次のような傾向が確認されました。

プラットフォーム言及率
ChatGPT/OpenAI36.7%
Claude/Anthropic3.5%
Character.AI2.6%
Replika1.6%
その他7.0%

このコミュニティでは、ChatGPT/OpenAIの利用が特に多いことがわかります(Replikaには別の専用コミュニティ replika があるため、この結果はあくまで MyBoyfriendIsAI 内での傾向です)。

日本では、ChatGPTを「チャッピー」と呼ぶ愛称が広まり、親しみやすさが特徴として語られました。SNSでは「チャッピーが励ましてくれた」「チャッピーと話すと落ち着く」といった投稿が多く、日常の相棒のように扱われていました。

モデル更新による“別れ”——#keep4oムーブメント

論文では、モデル更新がユーザーに深い喪失感をもたらすことが重要なテーマとして扱われています。投稿の16.73%がモデル更新と喪失への対処について言及しており、これは6つの主要テーマの1つとなっています。

とくにGPT‑4oから新しいモデルへの移行時には、「以前より冷たくなった」「ビジネス寄りに感じる」といった声が上がり、SNS等で旧モデルGPT‑4oの継続を求める #keep4o ムーブメントが広がりました。

「4oの温かさが好きだった」
「新しいモデルは正確だけれど、友だちではない」

ユーザーがAIに「性能」だけでなく、「相性」や「温度」を求めていることがうかがえます。


5. AIとの関係がもたらす光と影

研究では、AIとの関係がもたらす利点とリスクについても定量的に評価しています。

ポジティブな影響

ポジティブ項目全投稿に占める割合
孤独の軽減12.2%
常に利用可能なサポート11.9%
安全な感情表現の空間9.9%
メンタルヘルスの改善6.2%
自己理解の深まり6.0%
非評価的な交流5.0%
危機介入(crisis intervention)4.2%

全体的な生活への影響を評価した結果、25.4%が明確な利益を報告し、害を報告したのは3.0%でした。一部のユーザーは、AIとの関係が「命を救った」とまで表現しています。

リスクと懸念事項

リスク項目全投稿に占める割合
害の報告なし71.0%
感情的依存9.5%
現実逃避・社会的後退4.6%
人間関係の回避4.3%
企業による操作への懸念2.3%
家族・友人との関係悪化2.1%
自殺念慮への言及1.7%

多くのユーザーは害を報告していませんが、脆弱な状況にある人にとっては、感情的依存や現実逃避などのリスクが生じ得ることも示されています。また、モデル更新に関する投稿のうち、約27%が「別れ」や「死別」のような喪失感を語っています。


6. AI時代の「三角形のつながり」——人 × AI × 人のトリニティ

これまでのサイエンスコラムでも取り上げてきたように、私たちの心の健康には三角形のつながり(トリニティ)が大きな役割を果たします。自分と相手の「1対1」だけでなく、そこにもう一人が加わった「三者の関係」があることが、孤立や過度な依存を防ぎ、安定したつながりをもたらします。https://happiness-planet.org/column/1528/

MITの研究では、AIとの関係を人間関係と併用しているユーザー(4.1%)や、AIとの対話がきっかけで人間関係が改善したと報告するユーザー(3.1%)の存在も確認されています。AIを「人間関係の代替」ではなく「補完」として活用できる可能性を示す結果と言えます。

AIとの関係においても、次のような三角形が考えられます。

  • 「自分 × AI × 家族」
  • 「自分 × AI × 同僚」
  • 「自分 × AI × 専門家」

AIと対話しながら、その内容を家族や同僚と共有することで、対話の質が高まり、AIがきっかけとなって人とのつながりが広がることもあります。AIが普及する時代だからこそ、AIとの関係を「ひとりで抱え込まない」という視点が重要になっていくように思われます。


7. まとめ——AIは“相棒”になりつつあるが、関係のデザインが大切

本稿では、MITメディアラボの研究をもとに、AIとの関係がどのように始まり、どんな心理的ニーズを満たし、どのような影響をもたらすのかを見てきました。

  • AIとの関係は、意図的よりも“偶然”から始まるケースが目立つ(非意図的10.2% vs 意図的6.5%)。
  • 人はAIに、安心感・安全な対話空間・感情整理のサポートを求めている。
  • ChatGPT(GPT‑4o)への愛着や#keep4oの動きは、AIが「性能以上の存在」として経験されていることを示している。
  • 一方で、依存や喪失感といったリスクも存在しつつ、多くのユーザーは害を報告していない(71.0%)。
  • 「人 × AI × 人」の三角形の関係を意識することが、AI時代の心の健康を支える鍵となる。

AIはもはや「便利な道具」にとどまらず、日常を支える相棒のような存在へと変わりつつあります。その関係をどのようにデザインしていくかは、これからの私たち一人ひとりに委ねられた課題と言えるでしょう。


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この記事の執筆者

川口裕靖

(株)ハピネスプラネット

シニアハピネスAIアーキテクト

東京工業大学卒、立教大学大学院人工知能科学研究科 博士後期課程在籍中。製薬会社にて、社内SE、生産管理システム構築、人事管理、マーケティング分析等に従事。2024年よりハピネスプラネットに参画。生成AIを用いたサービス開発を担当。機械学習、深層学習、ネットワーク科学、統計検定準一級、専門統計調査士、データベーススペシャリスト。趣味は博物館めぐりと競技プログラミング。

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