みなさんはウェアラブルデバイスを使ったことはありますか?
AppleWatchやFitbitなどのスマートウォッチ・フィットネストラッカーは、身につけるだけで歩数・心拍数・睡眠を自動的に記録できる便利なアイテムです。筆者自身も日々の健康管理に活用していますが、実は最近、ウェアラブルから得られるデータとAIを組み合わせて精神疾患の予測や遺伝子解析に役立てようという研究が発表されました。
今回ご紹介するのは、イェール大学のJason J. Liu氏らによる下記の研究です。
出典
- Liu, J. J., Borsari, B., Li, Y., Liu, S. X., Gao, Y., Xin, X., Lou, S., Jensen, M., Garrido-Martín, D., Verplaetse, T. L., Ash, G., Zhang, J., Girgenti, M. J., Roberts, W., & Gerstein, M. (2024). Digital phenotyping from wearables using AI characterizes psychiatric disorders and identifies genetic associations. Cell, S0092-8674(24)01329-1. Advance online publication. https://doi.org/10.1016/j.cell.2024.11.012
実験概要:ウェアラブルデバイスの情報は診断にどう役立つのか?
この研究では、9~14歳の思春期の子どもたち約11,000人が参加している「ABCD(Adolescent Brain Cognitive Development)」という大規模プロジェクトから得られたデータを使い、特にスマートウォッチ(Fitbit)のデータと遺伝子データがそろった2,000~3,500人を対象としました。
従来データ vs. ウェアラブルの追加情報
- 従来データ(ベースライン)
- 年齢・性別
- 家族歴(親族の病歴など)
- 認知テスト
- 質問票(CBCL:「子どもの行動チェックリスト」等)
- ウェアラブル(Fitbit)で取得したデータ
- 心拍数
- 消費カロリー
- 歩数
- 睡眠レベル
- 睡眠強度
- その他(身体活動を示す計7種類)
これらのウェアラブルデータは、
- 動的特徴(例:時間帯ごとの心拍の変動など、時系列パターン)
- 静的特徴(例:平均値や標準偏差など、まとめの統計量)
に分けてAIで取り込み、従来のデータだけを用いたモデルと、そこにウェアラブルから得た特徴量を加えたモデルで、ADHDや不安障害をどの程度分類できるか比較しました。
AIモデルには、勾配ブースティング(XGBoost)1や時系列CNN(Xception)2などのモデルが使用されました。
実験結果:精神疾患の分類性能が向上した
1. AUROCスコア3の向上
- 従来の基本情報だけを使ったモデル(ベースライン)では、ADHD vs. 健常の分類でAUROCが約0.83
- ウェアラブル由来の動的・静的特徴を追加したモデルでは、AUROCが約0.89にアップ
AUROCが0.06上がるのは決して小さな差ではなく、研究や臨床の場面で重要な成果といえます。
2. 具体的な傾向
- ADHDの場合:昼過ぎにかけての心拍数パターンが特徴的に捉えていました。実際、ADHDの子どもは午後になると落ち着きがなくなる・集中力が下がるなど、臨床上の特徴が報告されており、この研究はその知見とマッチする可能性があります。
- 不安障害の場合:夜間の睡眠レベルや睡眠強度が重要だった。夜間の目覚めが多い、睡眠が浅いといった特有パターンが、不安障害と深く結びついていたと考えられます。
このように、時系列での変動(動的特徴)を捉えることで、より深い洞察が得られることがわかりました。
3. 遺伝子解析にも応用
論文ではさらに、AIが算出したスコア(ADHDリスクなど)を用いて、遺伝子との関連を従来より多く発見する成果も示しています。今回は詳細に触れませんが、従来の「診断あり・なし」二分法だけでは見つからなかった関連が見出されたという点はとても興味深いです。
まとめ:ウェアラブルデバイスが“心のケア”にも役立つ時代へ?
- ウェアラブルデバイス(Fitbitなど)で取得する心拍数や睡眠データをAIに取り込むことで、ADHDや不安障害などの診断精度を向上できる可能性が示された。
- ADHDは特に昼過ぎの心拍変動、不安障害は夜間の睡眠の質との関連が強く、これまでの臨床知見とも一定の整合性がある。
- 今後ますます、ウェアラブル端末の普及・性能向上に伴い、日常的な健康管理だけでなく精神状態のモニタリングや早期発見にも活用されるかもしれない。
たとえば、「いつもより午後に心拍が高い状態が続く」「夜の睡眠が浅い日が増えた」などをリアルタイムで把握できれば、精神・身体コンディションの変化にいち早く気づき、予防や治療につなげやすくなります。特にお子さんのADHDなどは周囲が気づくのが遅れることも多いので、こうした客観的データが早期介入に役立てば大きなメリットと言えるでしょう。
今後、ウェアラブルデバイスは単なる「健康ガジェット」ではなく、心のケア”を助ける有望なツールに進化していくかもしれません。新たな研究や技術の発展が今後も楽しみですね。