ビジネスの現場では、変化に適応するために学び直しが求められる瞬間が多くあります。例えば、新しいテクノロジーが導入されたとき、別の部署に異動したとき、事業戦略が変更されたとき、M&Aで会社が統合されたときなどです。そこでは長年培ってきたスキルや慣れ親しんだ仕事のやり方が通用しなくなることがあります。
このような場面では、ただ新しい知識を得るだけでなく、以前の慣習や考え方をうまく手放すこと、つまり「アンラーニング」が必要になります。
今回ご紹介する論文「The Process of Individual Unlearning: A Neglected Topic in an Under-Researched Field」(個人のアンラーニングのプロセス:未開拓分野における重要課題)は、このアンラーニングの重要性に焦点を当てた内容です。変化の激しい現代のビジネス環境では、過去の成功体験や知識が、逆に組織や個人の成長を阻む要因となってしまうことがあります。この論文では、アンラーニングとは単なる「忘却」ではなく、意識的に古い知識や行動を手放し、変化に対応するためのプロセスであるという立場で議論を深堀しています。
出典
- Hislop, D., Bosley, S., Coombs, C. R., & Holland, J. (2014). The process of individual unlearning: A neglected topic in an under-researched field. Management Learning, 45(5), 540-560. https://doi.org/10.1177/1350507613486423
- https://journals.sagepub.com/doi/abs/10.1177/1350507613486423
アンラーニングのプロセスは決して簡単ではありません。人は自分が慣れ親しんできた行動や信念に執着しがちで、それを放棄することは感情的にも心理的にも困難です。しかし、アンラーニングができないと、環境の変化に対する適応力が低下し、新しい知識やスキルを効果的に活用することが難しくなります。例えば、新しいITツールの導入や、マーケットの変化に合わせたビジネスモデルの転換が求められる際、旧来のやり方に固執してしまうと新たなチャンスを逃してしまうかもしれません。
この論文では、アンラーニングには次の3つに分類しています。それぞれのプロセスは、異なる状況や目的に応じて適用されるべきものであり、進め方によって個人や組織の成長に大きな影響を与えます。
アンラーニングの3分類
- フェーディング(Fading)
- 古い知識や行動を自然に忘れていくプロセス。
- 新しい知識や行動を取り入れることで、以前のものが次第に使われなくなっていく。
- ワイピング(Wiping)
- 意図的に古い知識や行動を除去するプロセス。
- 自分の意思で不要な情報や行動を排除し、新たな学びに集中することを目指す。
- ディープアンラーニング(Deep Unlearning)根本的な信念や価値観を変えるプロセス。長期間維持してきた考え方や信念を再評価し、より良いものに変える。
フェーディングは自然に発生するものなので今回は重視しません。一方で、ワイピングとディープアンラーニングについてはさらにその起こり方を理解することも重要です。
- ワイピング(Wiping)は、本人の自覚と振り返り(Reflection)によって意図的に起こすものです。例えば、過去の経験や知識が現在の目標達成に障害となっていると感じたとき、自分自身でその知識を整理し、不要なものを排除することが求められます。このプロセスでは、自らの行動や考えを意識的に振り返り、古いパターンを断ち切るという強い意志が必要です。
- ディープアンラーニング(Deep Unlearning)は、根本的な価値観や信念を覆す状況で起こります。例えば、研究者が実験中にこれまでの常識を覆すような事例に直面した場合などが挙げられます。これは、それまでの信念や知識が間違っていたり、不完全であったりすることに気付き、それに代わる新しい理解を受け入れることが必要となる状況です。このようなディープアンラーニングは、個人の内面的な変化を伴い、非常に大きな心理的インパクトを持つことが多いです。
ディープアンラーニングはショック療法に近いイメージですので意図的に起こすことは困難です。しかしワイピングは自覚的に行うものですので、アンラーニング=ワイピングと捉えるのが良いかと思います。
個人と組織のアンラーニング
また、アンラーニングには個人のアンラーニングと組織のアンラーニングがあります。それぞれのメリットを整理してみましょう。
個人のアンラーニングのメリット
経験豊かな社会人であるほど、それまでの働き方の習慣や価値観が体に染みついています。それを更新することは苦痛を伴いますが、うまくアンラーニングできれば次のようなメリットが得られます。
- 変化への適応力の向上
新しい環境に適応し、力を発揮できる。 - 学習効率の向上
学習リソースを効率的に新しいスキルや知識に集中させられる。 - 柔軟性の向上
新たな視点や方法論を取り入れることができる。 - 心理的な成長自らの限界や固定観念に挑戦し、成長することで、自己効力感や自己成長が促進される。
組織のアンラーニングのメリット
一方で、組織にもアンラーニングは必要です。業界慣習や企業文化といったものはその組織の強みでもありますが、新しい時代の足かせともなり得ます。例えば古い業務プロセスや時代遅れのビジネスモデル、非効率な管理手法などを手放し、更新していく必要があります。これらを見直し、捨て去ることで、新しい市場環境に迅速に対応し、持続的な成長を実現することが可能になります。以下のような場合にアンラーニングが必要とされるでしょう。
- 市場の変化への迅速な対応
環境や市場が変化する中で、古いビジネスモデルやプロセスを捨て去ることが求められる。 - イノベーションの推進
新しいアイデアや技術を積極的に取り入れ、イノベーションを促進できる。 - 効率の向上不要なルーチンや非効率なプロセスを排除することで、業務効率を改善し、資源を効果的に活用することができる。
- 組織文化の改善社員が変化を受け入れやすい環境を整え、柔軟な組織文化を醸成することで、組織全体の適応力を高める。
アンラーニングを成功させるためのポイント
では、アンラーニング(特にワイピング)と新しい価値観への書き換えを効果的に進めるためにはどうしたらいいのでしょうか?論文では以下のようなポイントが挙げられています。
- 自己認識の促進
自分が持っている古い知識や行動パターンを振り返り、それが今の状況に適しているかを評価すること。 - リーダーシップの役割
組織におけるリーダーがアンラーニングを率先して実践し、他のメンバーにその重要性を示すこと。 - 安全な学習環境の提供個人やチームが失敗を恐れずに新しい方法を試すことができる安全な環境を作ること。
- 継続的なフィードバック進捗や変化に対するフィードバックを継続的に行い、アンラーニングのプロセスを支援すること。
ここから、アンラーニングは個人だけでなく組織で取り組むことがより効果的であると言えると思います。特に、失敗を恐れない環境づくり、アンラーニングの必要性をリーダーが示すこと、互いにその進歩を前向きにフィードバックし合うことが有効でしょう。
以上のように、アンラーニングは個人や組織が変化に適応し、持続的に成長するための重要なスキルです。変化の激しい現代社会において、アンラーニングを恐れず、新しい価値を積極的に追求する姿勢が競争力を保ち続けるための鍵となります。
あなたやあなたの組織にも、変わらなくてはと思っていることはありますか?
一歩ずつでも大丈夫です。毎日の仕事の中で少しずつ実践してみてください。