心理的ウェルビーイングの世界地図を眺める

2024年度版サイエンスマッピングから見る心理的ウェルビーイング研究の最前線

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みなさんは新しいものを調べたい時、何を使って調べますか?インターネットで検索したり、本屋で関連する本を読んでみたり、最近だとAIに質問したりするのも一般的になってきているでしょうか。今回はサイエンスマッピングという手法を使った調べ方を紹介します。サイエンスマッピングとは、膨大な科学文献データを定量的に可視化する手法で、特定分野の研究の全体像や流れ、ホットトピックなどを把握するのに役立ちます。2024年にYiğitとÇakmakから発表された心理的ウェルビーイングのサイエンスマッピングを見てみましょう。

出典

  • Yiğit, B., Çakmak, B.Y. Discovering Psychological Well-Being: A Bibliometric Review. J Happiness Stud 25, 43 (2024). https://doi.org/10.1007/s10902-024-00754-7

この研究では、1980年から2022年の間にWeb上のデータベースに公開された学術研究から、心理的ウェルビーイング(Psychological Well-Being)が含まれる文献16,885件を調査対象としました。

除外キーワードとして主観的ウェルビーイング(Subjective Well-Being)とポジティブ心理学(Positive Psychology)が設定されています。これは既に主観的ウェルビーイング1とポジティブ心理学2のサイエンスマッピングが別の論文で公開されているためです。

出典:Yiğit, B., Çakmak, B.Y. Discovering Psychological Well-Being: A Bibliometric Review.

Record Countが出版数、Citationが被引用数を表しています。心理的ウェルビーイングの最初の出版物は1980年に作成され、年々出版数と被引用数が増加しています。1994年以降には年間100冊、2005年以降には年間200冊を超える出版物が作成され、2016年以降は年間平均で約20%の急速な増加を見せています。出版物は2022年に頭打ちになりましたが、被引用数は依然として増加傾向にあります。

上記より、「心理的ウェルビーイング」は今後も学術研究において注目され続ける分野だと言えそうです。

No科学カテゴリ(※筆者訳)出版数全体に占める割合(%)
1心理学多領域215512.8
2公衆衛生・労働環境192711.4
3精神医学181810.8
12相関社会科学6263.7
17教育学4982.9
19環境科学4612.7
出典:Yiğit, B., Çakmak, B.Y. Discovering Psychological Well-Being: A Bibliometric Review.より抜粋

上記の表は、心理的ウェルビーイングの出版物が、どの科学カテゴリから出版されているかを並べたものです。ランキングの上位には、心理学・公衆衛生・精神医学といった健康・医学に関する分野が並んでいます。

注目すべきは、社会学・教育学・環境科学といった健康・医学以外の分野がランキングに含まれており、出版数も既に450を超えていることです。被引用数が増加傾向であることと併せて、心理的ウェルビーイングは健康・医学のみならず、他の分野でも注目の研究領域となっていると言えそうです。

No著者出版数被引用数
1Ryff, Carol D(キャロル・リーフ)5118,459
2Kim, Jungsik441354
3Fava, Giovanni A432367
4Burke, Ryan J37754
5Ruini, Chiara361539
出典:Yiğit, B., Çakmak, B.Y. Discovering Psychological Well-Being: A Bibliometric Review.より抜粋

上記の表は、心理的ウェルビーイングに関する出版数順に著者を並べたものです。心理的ウェルビーイングにおいて最も多くの出版物を出している著者はキャロル・リーフ博士(Ryff, Carol D)でした。氏は被引用数においても、他の著者と比べて多く、この分野において最も影響力のある著者だと言えます。

この結果には著者としても納得がいきます。というのも、キャロル・リーフ博士は、心理的ウェルビーイングの第一人者であり、心理的ウェルビーイング尺度の開発者でもあるからです。「心理的ウェルビーイング尺度」は幸福を多次元で捉えようとしたため、それまで主流だった「生活満足度」や「ポジティブ感情・ネガティブ感情」と比較すると、項目に充足感があります。

これから心理的ウェルビーイングを学びたいという方は、氏の著作3から当たるのが近道であると言えそうです。

No著者被引用数タイトル(※邦題は著者の翻訳によるもの)
1Brown and Ryan (2003)6410The benefits of being present: Mindfulness and its role in psychological well-being
現在に存在することの利点: マインドフルネスと心理的ウェルビーイングにおけるその役割
2Ryff (1989)5479Happiness is everything, or is it? Explorations on the meaning of psychological well-being
幸福がすべて、か?心理的ウェルビーイングの意味を探る
3Ryan and Deci (2001)5023On happiness and human potentials: A review of research on hedonic and eudaimonic well-being
幸福と人間の潜在能力について: 快楽的幸福と悦楽的幸福に関する研究のレビュー
4Ryff and Keyes (1995)4246The structure of psychological well-being revisited. Journal of Personality and Social Psychology
心理的ウェルビーイングの構造再考
5Ellison et al. (2007)2721The benefits of Facebook “friends:” Social capital and college students’ use of online social network sites
Facebookの 「友達 」の利点 ソーシャル・キャピタルと大学生のオンラインSNS利用
11Wolch et al. (2014)1940Urban green space, public health, and environmental justice: The challenge of making cities ‘just green enough.’
都市の緑地、公衆衛生、環境正義: 都市を「十分に緑豊かな」ものにするという課題。
出典:Yiğit, B., Çakmak, B.Y. Discovering Psychological Well-Being: A Bibliometric Review.より抜粋

この表は心理的ウェルビーイングにおいて、他の研究者からたくさん引用されている「最も影響力のある研究論文」を上位からまとめたものです。

最も引用された研究は、Brown and Ryan(2003)の論文で、「マインドフルネス(今この瞬間に集中すること)」が「心理的ウェルビーイング」にどのように関係しているかを調べたものでした。

2番目と4番目の論文には、Ryffの論文がランクインしており、「心理的ウェルビーイング」の定義や意味に関する記述がされています。

3番目のRyan and Deciは、「内発的動機付け理論」で有名なデシによるものです。

少し変わったところでは、5番目に「ソーシャルメディア」、11番目には「都会の緑地」の関する論文がランクインしており、心理的ウェルビーイングの扱う題材が多岐に渡っていることを示す一例とも言えます。

  • 心理的ウェルビーイングに関する研究は年々増加しており、今後も増加することが予想される。
  • 心理的ウェルビーイングは健康医学だけでなく、幅広い領域(社会学・教育学・環境科学等)で研究の対象となっている。
  • 最も影響力のある著者は、心理的ウェルビーイングの定義や尺度を開発した提唱したキャロル・リーフ博士
  • 最も影響力のある研究論文は「マインドフルネスと心理的ウェルビーイング」に関する研究

いかがでしたでしょうか。サイエンスマッピングを通して、少しでも新しい発見があれば幸いです。ぜひ、ここで紹介した著者や論文を更に深堀りしてみたり、あなたの関心分野のサイエンスマッピングを調べてみてください。

脚注

  1. Huang, D., Wang, J., Fang, H., Wang, X., Zhang, Y., & Cao, S. (2022). Global research trends in the subjective well-being of older adults from 2002 to 2021: A bibliometric analysis. Frontiers in Psychology, 13, 972515. ↩︎
  2. Wang, F., Guo, J., & Yang, G. (2023). Study on positive psychology from 1999 to 2021: A bibliometric analysis. Frontiers in Psychology, 14, 273–287. ↩︎
  3. 心理的ウェルビーイング尺度が書かれたRyff, C. D., & Keyes, C. L. M. (1995). The structure of psychological well-being revisited. Journal of Personality and Social Psychology, 69(4), 719–727.がお勧めです。 ↩︎

この記事の執筆者

村井康太郎

(株)ハピネスプラネット

カスタマーサクセスアーキテクト

新卒でPwCコンサルティング合同会社に入社後、人事コンサルティング部門にて大手メーカーやサービス企業の人事業務改革やグローバル人事システム、ピープルアナリティクス導入プロジェクトに従事。2021年より株式会社ハピネスプラネットに参画。カスタマーサクセスの改善の他、システムやサービスの開発に奮闘中。趣味は読書とトライアスロン。

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