「最近、職場の空気がどんよりしてる気がする…」
そんな感覚、ありませんか?
日本のビジネスパーソンにとって、日々の忙しさに追われる中で、自分や社会の“幸福度”を気にする余裕は少ないかもしれません。しかし、実は“幸福”と経済や生産性は密接な関係にあります。研究によれば、幸せな人ほど健康で生産性が高く、社会的にもポジティブな行動をとる傾向があるのです。
ところが、これまでの「幸福度の測定」は、多くがアンケート調査に依存していました。しかしその方法には課題があります。例えば…
- 回答疲れ(サーベイ・ファティーグ)
- 実施コストや集計にかかる時間
- 結果が出るまでに1〜2年かかる
そこで注目されたのが、「Google検索データ」を使ってリアルタイムに幸福度を推定するという、画期的な研究です。
出典
- Greyling, T., Rossouw, S. Development and Validation of a Real-Time Happiness Index Using Google Trends™. J Happiness Stud 26, 39 (2025). https://doi.org/10.1007/s10902-025-00881-9
実験概要:検索ワードから“幸せ”がわかる?
なぜ検索ワードが幸福度のヒントになるのか?
考えてみてください。あなたがストレスを感じているとき、どんな言葉を検索しますか?
- 「頭痛 対処法」
- 「仕事 辛い」
- 「やる気が出ない」
逆に、気分がいいときは?
- 「ライブチケット 予約」
- 「面白い 映画」
- 「旅行プラン」
このように、人は感情に応じて情報を探します。つまり、検索行動には感情の痕跡が残っているのです。今回の研究では、こうした「感情ワード」をGoogle Trends™で収集・分析することで、国民の幸福度を推定できるかを検証しました。
方法:AIと検索データで「幸福度指数」を構築
研究では、次のようなステップで指標を作りました。
① 感情ワードの選定(69語)
心理学的に「ポジティブ」「ネガティブ」感情を表す言葉を選出(例:happy, sad, love, fear, music, headache など)
② 検索データを収集(Google Trends)
イギリスを対象に、2011〜2023年の検索ボリュームを収集し、週単位で整理。
③ 機械学習で重要ワードを抽出(XGBoost)
幸福度との相関が強いワードを絞り込み(例:「sad」「headache」「music」などが上位に)
④ 幸福度との重み付けを計算(ElasticNet)
各ワードに「幸福度に対する影響度(重み)」を与え、全体のスコアを算出。
結果:意外にもネガティブな検索ワードが鍵だった
注目すべきは、“ネガティブな言葉”のほうが、幸福度との関係が強かったこと。
なぜか?
理由は、「人はネガティブな感情を抱いたときほど、解決策を求めて検索する傾向がある」から。
つまり、「sad」や「headache」が多く検索されているときは、国全体として幸福度が下がっている可能性が高いのです。
そして、このアプローチで推定した幸福度は、実際の調査データと高い相関(RMSE 0.09)を示しました。

海外展開も検証:オランダでも通用する?
研究者たちは、イギリスで構築したモデルをオランダに応用しました。英語の感情ワードをオランダ語に翻訳して同様に幸福度を推定したのです。
結果は…
- 2011年データでは良好な精度(RMSE 0.08)
- 2020年データではやや精度低下(RMSE 0.43)
データ量や質の影響があったものの、「同じワードセット+翻訳」で他国にも適用可能であることが示されました。
さらに、オランダ独自の感情ワード(例:「fijne(素敵な)」など)を加えると、精度が大きく改善されました(RMSE 0.05)。
会社員にとっての意義:これ、職場にも使える?
この研究が示す最大のポイントは、「幸福度は、リアルタイムかつ低コストで“推定”できる」ということ。
これは、企業や組織にも応用可能です。たとえば…
- 社内チャットの発言ワードから“幸福スコア”を把握
- 社員の気分の波に応じてマネジメント施策を調整
- 経営層が判断する際の「空気感」の定量化
職場の幸福度がリアルタイムで“見える化”されれば、離職予兆の検知やメンタル不調の予防にも役立つかもしれません。
まとめ:検索の裏に感情がある。感情の裏に社会がある。
情報検索とは、単なる「便利な行動」ではなく、「感情から始まる行動」でもあります。
だからこそ、検索データを集めていくと、“今この社会で何が起きているのか”が浮かび上がってくる。
- 「みんな、ちょっと疲れてる?」
- 「気分転換に何か探してる?」
- 「未来への不安が高まってる?」
こうした“空気感”を、数字としてつかめる時代になりつつあります。
私たちも日々の仕事や生活の中で、「見えない感情の波」を意識してみると、新しい発見があるかもしれません。
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Appendix:イギリスの幸福度測定で使われた感情ワード(69語)
- Great(素晴らしい)
- Joke(冗談)
- Attentive(注意深い/思いやりのある)
- Cry(泣く)
- Punish(罰する)
- Wellbeing(幸福)
- Angry(怒っている)
- Party(パーティー)
- Joy(喜び)
- Inspired(インスパイアされた)
- Dead(死)
- Reject(拒絶)
- Well-being(幸福/健康な状態)
- Cancer(がん)
- Game(ゲーム)
- Love(愛)
- Active(活発)
- Depressed(落ち込んだ/うつ)
- Sad(悲しい)
- Suicide(自殺)
- Divorce(離婚)
- Comedy(コメディ)
- Music(音楽)
- Alone(孤独)
- Disease(病気)
- Sick(体調不良)
- Sleep(睡眠)
- Hopeless(絶望的)
- Friendship(友情)
- Pleasure(喜び/楽しみ)
- Abuse(虐待)
- Fear(恐怖)
- Stress(ストレス)
- Sadness(悲しみ)
- Pain(痛み)
- Fun(楽しい)
- Win(勝利)
- Afraid(怖い)
- Hate(憎しみ)
- Tired(疲れた)
- Boredom(退屈)
- Weak(弱い)
- Good(良い)
- Movie(映画)
- Anxiety(不安)
- Headache(頭痛)
- Worry(心配)
- Depression(うつ)
- Joyful(喜びに満ちた)
- Happy(幸せ)
- Song(歌)
- Anxious(不安な)
- Kill(殺す)
- Wrong(間違い/悪い)
- Loneliness(孤独感)
- Contented(満ち足りた)
- Health(健康)
- Friend(友達)
- Bad(悪い)
- Lonely(寂しい)
- Panic(パニック)
- Ashamed(恥ずかしい/罪悪感)
- Determined(決意した)
- Hope(希望)
- Alert(注意している)
- Crime(犯罪)
- Nervous(緊張している)
- Upset(動揺している)
- Unpleasant(不快な)