生成AIは人をうまく「説得」できるのか?

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「説得」は日常のコミュニケーションにおいて、至る所で見られるものです。例えば、ケーキを買うように家族を説得する、人間ドックに行こうと従業員を説得するといった場面のほか、テレビCMで特定の商品を購入するよう促す広告や、政治家が市民に自身の政策を伝えることも、広義の説得に含まれます。

しかし、どのような状況でも、説得する相手に応じて伝え方を工夫するのではないでしょうか。例えば、新しいもの好きの人には「テレビで話題になっていたケーキなんだよ」と伝え、理屈っぽい人には「健康に良い素材が使われているんだって」と説明するでしょう。これによってより説得の効果が増します。

このように、受け手の心理的特性(例:パーソナリティ、政治的傾向、道徳的価値観)に適合するメッセージを作成し、説得力を高める手法を パーソナライズド・パースエージョン(個人に最適化された説得) と呼びます。

従来のマーケティングや大規模な説得プロセスでは、このようなパーソナライズはターゲットを細かく分類し、異なる広告を個別に作成する形で実施されていました。しかし、生成AIを活用し、個人の心理的プロファイルに応じたメッセージを自動生成した場合、果たして同じように効果があるのか──この疑問を検証した研究が、今回ご紹介する論文です。

参考文献

実験の概要

この研究では、生成AI(ChatGPT)を活用し、個々人の性格特性に応じた説得的メッセージを作成し、それが非パーソナライズされたメッセージと比べて効果的かどうか を検証しました。

実験の方法

実験協力者の性格(ビッグファイブ)をアンケートで取得。 ChatGPT(事前トレーニング済のTransformerモデル)を利用し、性格特性に応じて特定の商品の広告メッセージを生成AIに作成させました。

ビッグファイブ(Big Five)とは?

心理学において、性格を以下の5つの特性で分類するモデルです。マーケティングや人事、消費者行動の研究でも広く活用されています。

  • Openness(開放性) … 新しいアイデアや経験を受け入れやすい傾向
  • Conscientiousness(誠実性) … 計画的で慎重に行動する傾向
  • Extraversion(外向性) … 社交的で活動的な傾向
  • Agreeableness(協調性) … 他人に対して思いやりがある傾向
  • Neuroticism(神経症傾向) … 不安やストレスを感じやすい傾向

広告メッセージの例

この研究では、3つの異なる商品の広告を用い、性格特性に応じた説得メッセージを用意しました。

スマートフォン(iPhone)

外向的(Extraversion)な人向けの広告

「このiPhoneがあれば、友達との楽しい時間をもっとシェアできます!最高の瞬間を鮮明なカメラで撮影し、SNSにすぐ投稿。あなたの社交的なライフスタイルにピッタリのスマートフォンです!」

内向的(Introversion)な人向けの広告

「静かなひとときを、最高のテクノロジーと共に。高性能バッテリーとシンプルな操作性で、あなたの一人時間をより快適にサポートします。」

スニーカー

開放性(Openness)が高い人向けの広告

「最新のデザインとテクノロジーを融合させたスニーカー。ユニークなカラーバリエーションと最先端のクッション技術で、あなたの個性を輝かせる一足を。」

誠実性(Conscientiousness)が高い人向けの広告

「毎日のトレーニングに最適なスニーカー。耐久性の高いソールと優れたフィット感で、長期的なパフォーマンスを支えます。」

旅行(ローマ旅行)

外向的(Extraversion)な人向けの広告

「活気あふれるローマのナイトライフを満喫しませんか?トレンディなカフェやバーを巡り、新しい出会いを楽しめる旅行をご提案!」

内向的(Introversion)な人向けの広告

「静寂のローマへ。歴史的建築をゆっくり巡り、芸術と文化に浸る贅沢な週末を。」

実験の結果

この実験の結果、以下のことが明らかになりました。

  • AIによるパーソナライズは、一般的な広告よりも説得力が高い
    特に、Openness(開放性) や Extraversion(外向性) の高い人は、自分に合った広告メッセージをより魅力的だと評価しました。
  • 性格に合った広告は、購買意向も向上させる
    例えば、外向的な人は「友達と一緒に楽しめる」というメッセージがあると、支払ってもよい金額が平均$30高くなった という結果が得られました。

この技術への期待

この研究は、AIが説得的なメッセージを自動生成できることを証明し、その影響がマーケティング、政治、社会など幅広い分野に広がる可能性を示唆しました。例えば、今後のオンライン広告では、AIがリアルタイムで個人の性格に最適化した広告を作り、より効果的に購買意欲を高めることが期待されます。さらに、この技術は以下のような分野でも活用できる可能性があります。

1. 教育・自己成長のサポート

  • 学習意欲の向上: AIが個人の性格や学習スタイルに応じた学習方法を提案することで、効率的な学習が可能になります。例えば、論理的思考が得意な人には体系的な解説を、感覚的に学ぶのが得意な人にはビジュアルを多用した教材を提供するといったカスタマイズが考えられます。
  • 受験や資格取得の支援: 受験生や社会人向けに、学習計画の立案やモチベーション維持のための個別アドバイスを提供することで、より効果的な学習習慣をサポートできます。

2. 健康促進とウェルネス向上

  • 運動習慣の定着: 例えば、社交的な人には「友達と一緒に運動すると楽しく継続できます!」といったメッセージを、計画的な行動を好む人には「毎日のウォーキングを習慣化すると、5年後の健康リスクが○%減少します」といったデータを基にしたメッセージを提示することで、運動の継続率を高めることができます。
  • 食生活の改善: 食習慣を変えるのは難しいですが、個人の価値観に合わせた説得メッセージを提供することで、より健康的な食生活を促すことができます。例えば、美容に関心が高い人には「この食材には肌のハリを保つ成分が豊富に含まれています」、理論的思考が得意な人には「○○を摂取すると心血管疾患のリスクが○%低下します」といった情報を提供することができます。

この技術の課題と懸念点

一方で、この技術にはいくつかの課題が論文内で指摘されています。

1. 知らないうちにターゲティングされる

FacebookなどのSNSでは、投稿内容や「いいね!」の履歴から性格を推定する技術が既に存在 しています。そのため、企業やプラットフォームは、ユーザーが意識しないうちに性格プロファイルを作成し、最適化された広告を提供することが可能になっています。
例えば、「内向的なあなたに、この静かな旅行プランがぴったり」といった広告が提示され、無意識のうちに影響を受ける可能性があるということです。

2. エコーチェンバー効果の加速

インターネットでは、人々が自分の価値観に合う情報ばかりを目にする傾向(エコーチェンバー効果) があると指摘されています。この技術が進化すると、個人ごとにカスタマイズされた情報が流れることで、自分の考えがさらに強化され、異なる意見に触れる機会が減少する可能性があります。
例えば、政治キャンペーンでこの技術が使われると、ある特定の政党の支持者には「あなたの考えが正しい」と強調する広告ばかりが表示され、社会的な分断が深まるリスク があります。

まとめ

AIによるパーソナライズド・パースエージョンは、個々人の動機づけや行動を変える可能性を持ち、社会を大きく変える技術 です。しかし同時に、個人が気づかないうちに最適化された説得を受けることや、社会的な分断が加速するリスク も孕んでいます。今後、この技術をどのように管理し、適切に活用していくかが問われるでしょう。

この記事の執筆者

辻聡美

(株)ハピネスプラネット

チーフアーキテクト

京都大学大学院情報学研究科博士前期課程了。(株)日立製作所入社後、研究開発グループ基礎研究所にて人間行動データの応用に関する研究に従事し、ウェアラブルセンサを用いた50組織2000名以上の職場コミュニケーションの計測と分析、マネジメント改善施策の実行に携わる。2020年の設立当初より株式会社ハピネスプラネットに参画。発明協会平成26年度関東地方発明賞発明奨励賞、第64回オーム社主催公益財団法人電気科学技術奨励会電気科学技術奨励賞受賞他。趣味は読書と旅行とDIY。

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