「長生きの秘訣は?」と聞かれたとき、多くの人は「健康的な生活を送ること」と答えるでしょう。しかし、「遺伝の影響も大きいのでは?」と考える人もいるかもしれません。実際に、長寿の家系が存在することや、遺伝的要因が病気のリスクを左右することはよく知られています。
今回紹介する研究は、「人間の寿命や老化に影響を与えるのは、遺伝と環境のどちらが重要なのか?」 という問いに、科学的なアプローチで挑んだものです。英オックスフォード大学などの研究チームが約50万人のデータを分析 し、環境と遺伝の影響を比較した結果を発表しました。
出典
- Argentieri, M.A., Amin, N., Nevado-Holgado, A.J. et al. Integrating the environmental and genetic architectures of aging and mortality. Nat Med (2025). https://doi.org/10.1038/s41591-024-03483-9
研究の概要
この研究では、イギリスのUKバイオバンク(UK Biobank)のデータを使用し、約49万人の生活習慣や遺伝情報と寿命の関係を分析しました。研究の流れは次のようになります。
- 環境要因(エクスポゾーム)と遺伝要因(ポリジェニックリスクスコア)の影響を比較
- 環境要因と寿命・老化の関連を解析
- 環境要因と主要な加齢関連疾患(心疾患、がん、糖尿病など)の発症リスクを調査
この研究では「エクスポゾーム」という概念が重要になります。これは「生涯を通じて受けるすべての環境的要因」のことで、食生活、喫煙、運動、社会的要因(所得や住環境)などが含まれます。
環境 vs. 遺伝:どちらが老化や寿命に影響するのか?
研究の結果、以下のような傾向が明らかになりました。
- 環境要因の影響は遺伝よりもはるかに大きい
- 遺伝的リスクは寿命の変動のうち「2%程度」しか説明できなかった。
- 一方で、環境要因(エクスポゾーム)は17%の影響を与えていた。
- 疾患によって遺伝と環境の影響のバランスが異なる
- がん(乳がん、前立腺がん、大腸がん)や認知症では、遺伝要因の影響が強い(10.3~26.2%)。
- 心臓病、肺疾患、肝疾患では環境要因の影響が大きい(5.5~49.4%)。
つまり、「遺伝的にリスクが高い」とされる疾患もある一方で、生活習慣や環境を改善することで予防できる病気のほうが多いことが示されました。
長寿に影響する環境要因とは?
研究では25の環境要因が特に寿命や老化と関連していることが明らかになりました。代表的なものをいくつか紹介します。
寿命を縮める要因
1. 喫煙(現在および過去の喫煙)
- タバコは寿命を縮める最大の要因の一つ。特に、長年の喫煙習慣がある人ほど、寿命が短くなるリスクが高い。
2. 貧困(低所得)
- 収入が少ないと、健康的な食事をとることが難しくなり、医療へのアクセスも制限されるため、寿命が短くなる。
3. 運動不足
- 体を動かさないことは、老化の加速や心疾患・糖尿病のリスク増加につながる。
4. 睡眠不足(7時間未満の睡眠)
- 慢性的な睡眠不足は、免疫機能の低下や老化の加速を引き起こす。
5. 精神的ストレス(抑うつの頻度)
- 「気分が落ち込む」「やる気が出ない」ことが頻繁にあると、寿命が短くなるリスクが高まる。
6. 寿命を縮める、変わった要因
① 公営住宅(社会住宅)に住んでいる
- 経済的ストレスや騒音、空気質の問題が健康に悪影響を与える可能性がある。
② 頻繁な昼寝
- 1日1時間以上の昼寝をする人は、寿命が短くなる傾向があった。これは夜の睡眠の質が低下することと関係している可能性がある。
寿命を延ばす要因
1. 高所得(経済的に安定している)
- 収入が多い人は健康的な食生活を維持しやすく、医療サービスへのアクセスも良いため、寿命が長くなる傾向がある。
2. パートナーと一緒に住んでいる
- 結婚や同棲をしている人は、社会的なサポートを受けることができ、ストレスが減少する。
3. 定期的な運動
- ジム通いやウォーキングなどの習慣がある人は、健康を維持しやすい。
4. 良質な睡眠(7時間以上の睡眠)
- 質の良い睡眠は、老化のスピードを遅らせ、免疫機能を維持する。
5. 教育年数が長い
- 教育を受ける年数が長い人は、健康意識が高く、病気の予防や適切な治療を受ける可能性が高い。
6. 寿命を延ばす、変わった要因
① チーズの摂取
- チーズなどの発酵食品は腸内環境を整え、免疫機能を向上させる可能性がある。
② 皮膚が日焼けしやすい
- 適度な紫外線の暴露がビタミンDの生成を促し、健康に良い影響を与える可能性がある。
特に喫煙と貧困は、最も大きなマイナス要因として強く関連していました。一方で、社会的なつながり(パートナーと暮らすこと)や運動習慣は長寿にプラスに働くことも確認されています。

この研究から学べること
この研究は、「老化や寿命は遺伝で決まる」という一般的な認識を覆すものでした。実際には、環境要因のほうがはるかに大きな影響を持ち、自分の努力次第で健康的に長生きできる可能性が高いということが示されたのです。
実践できるポイント
- タバコを吸わない・禁煙する
- 適度な運動を取り入れる(ジム通い、ウォーキングなど)
- 睡眠時間をしっかり確保する
- 社会的なつながりを大切にする(家族や友人と交流を増やす)
- ストレスを減らし、精神的な健康を維持する
- 可能なら経済的な安定を目指す(貯蓄やキャリアの見直し)
まとめ
「長生きは遺伝で決まる」と思われがちですが、実際には環境要因の影響のほうが圧倒的に大きいことがわかりました。つまり、生活習慣を改善することで健康寿命を延ばすことができるのです。
特に、喫煙・貧困・運動不足・睡眠不足・社会的孤立は、寿命を縮める要因として強く関連していました。逆に、運動、睡眠、社会的つながりを意識することで、より長く健康に生きる可能性を高めることができます。
日々の生活の中で少しずつでも改善できることを意識し、「遺伝に頼らず、自分の力で健康寿命を延ばす」ことが大切ですね。