「社内のあの人ともっと話してみたい」「取引先担当者ともう少しフランクな関係を築きたい」そう思っていても、なかなか一歩が踏み出せずに終わってしまう。こんな経験をしたことはないでしょうか?筆者もその一人です。この背景には、「自分は相手と仲良くなりたいのに、相手はそう思っていないのでは?」と感じてしまう心理現象があります。
今回取り上げるのは、Shelton & Richesonの研究です。この研究では、たとえば 職場における人間関係 や 異文化・異なる部署間のコミュニケーション で見られる「すれ違い」が、どのように“思い込み”や“誤解”によって生じるのかを示しています。そして、それが本来なら得られるはずのメリット――たとえば新しい視点が得られる、仕事の連携がスムーズになる――を逃してしまう原因となりうるのです。
本記事では、研究が示す「自分の不安」と「相手に対する解釈」が噛み合わないメカニズムを、わかりやすくご紹介します。日々の職場や、他部署・他社との関係づくりに悩む方のヒントとなれば幸いです。
出典
- Shelton, J. N., & Richeson, J. A. (2005). Intergroup Contact and Pluralistic Ignorance. Journal of Personality and Social Psychology, 88(1), 91–107. https://doi.org/10.1037/0022-3514.88.1.91
研究の背景:なぜ人は“相手は乗り気ではない”と思い込むのか?
Sheltonらの研究テーマは、一言でいうと「なぜ人は、お互いに興味があるにもかかわらず接触しないのか?」という疑問です。アメリカの大学キャンパスで、白人学生と黒人学生が互いに仲良くなりたいと思っているケースを取り上げました。
しかし蓋を開けてみると、実際には相手のグループに近づいて話しかけないことが多い。なぜかと言えば、「相手が自分を拒絶するかもしれない」という不安を抱えている一方で、「相手は自分に興味がないのでは?」と誤解してしまっているからではないか、というのが研究の出発点です。
これを心理学では「Pluralistic Ignorance(多元的無知)」と呼びます。
- 自分 … 本当は仲良くなりたいが、拒絶されたり相手から変に思われるのではと怖い。
- 他者 … 自分が腰が引けているのは“不安”が理由だが、他者が動かないのは“興味がない”からだと解釈してしまう。
同じ「話しかけない」という行動をとっているにもかかわらず、「自分は仕方なくそうしているが、相手はそもそもやる気がない」とすれ違ってしまう。その結果、実際には「お互い話したいのに会話が生まれない」という矛盾が生じるのです。
実験概要:大学キャンパスでの対人接触
Sheltonらはアメリカの大学で、白人学生と黒人学生の相互接触のケースを調査しました。具体的には、
- 学生たちに「もっと異なる人種(ここでは白人・黒人)の知り合いを増やしたいかどうか」を尋ねる
- 「相手のグループはどう思っているか」を予測してもらう
- さらに「実際に一緒に座って食事しようとするか」など、行動を起こすかどうか
- その際に「自分が動かない理由」と「相手が動かない理由」は何だと思うかを評価する
といった方法で、“相手への認知(どう思っているか)”と“行動意図”を比較しました。

主な測定指標
- 自分の意思:「相手と仲良くなりたい」「食事を一緒にするなど接触を増やしたい」
- 他者の意思:「(相手の人種グループ)はきっと自分との接触を望んでいないのではないか?」
- 行動の原因
- 自分:接触しないのは「拒絶されるかも」という不安
- 相手:接触しないのは「興味がないから」と解釈
主要な発見:互いに「相手は関心が薄い」と誤解している
1. 実は「もっと知り合いたい」と思っている
まず驚くべきことに、調査対象となった白人学生・黒人学生の過半数以上が「もっと相手グループの人と話したい」と考えていました。しかし、お互いが実際にそれを認識していないのです。
2. 自分の消極姿勢は「拒絶が怖いから」、相手の消極姿勢は「興味がないから」と思い込む
被験者は、「自分が行動しないのは“嫌われるかも”という恐れ」のせいだと回答する一方、相手が行動しない(こちらに話しかけてこない)場合は「相手はもともと関心がないから話しかけないんだろう」と解釈する傾向が強く見られました。
これこそが多元的無知のメカニズムであり、「自分と相手で同じような行動(動かない)をとっているにもかかわらず、心理的背景は全く違うものだと認識している」という現象を示しています。
職場にもあてはまる?日本のビジネスシーンへの示唆
この研究は、人種間の交流というアメリカ社会特有のテーマを扱っていますが、「異なる部署同士」「本社と支社」「親会社と子会社」「取引先企業との関係」など、多様な組織間・グループ間コミュニケーションに悩む日本の職場にも応用できる示唆があります。
- 部署を超えたコミュニケーション
- 他部署や他社の人に話しかけるのを躊躇するとき、自分では「相手に断られるかもしれない」「今は忙しそう」と思っている。
- 一方、相手も「こちらに興味がないのでは?」と解釈されているかも……と感じている。
- 実は「相手も本当は話したいのかもしれない」と考えることで、踏み出しやすくなるかもしれません。
- 多様性(ダイバーシティ)推進の観点
- 職場での多様性推進やチームビルディングの場面でも、互いの“本音”が伝わらず接触を敬遠してしまいがち。
- 「多元的無知」に陥っているかもしれない、と意識するだけでも状況の改善が期待できます。
- 相手も同じように不安を抱えている
- 「自分だけが気後れしている」と思っていると、つい相手を“やる気のない人”と誤解しがち。しかしお互いが似た不安を抱えているケースも多いのです。
どうすれば“誤解”を解消できるのか?
Sheltonらは、研究の終盤で以下のようなアプローチが有効ではないかと示唆しています。
- 「相手も同じように不安かもしれない」と知る
- 自分の不安だけでなく、相手も「拒絶される恐れ」を感じている可能性があると理解する。
- 自分が怖いように、相手も怖いかも、と思えば「いや、単に興味がないだけだろう」という短絡的な思い込みを和らげることができます。
- 共通の知人や友人、共通の趣味などを介して“気軽な架け橋”を作る
- これは「拡張的接触仮説(Extended Contact Hypothesis)」と呼ばれ、たとえば「共通の友人が相手のグループと仲が良い」と知るだけで、不安が和らぎ、相手に対してポジティブな印象を持ちやすくなると言われます。
- 職場でも「同じプロジェクトにいる同僚が、あちらの部署と仲がいい」などの接点があれば、自分が話しかけるハードルが下がります。
- 小さなきっかけ作りを大切にするいきなり深い話をするのではなく、挨拶やちょっとした雑談など、ライトなコミュニケーションを重ねることで拒絶への不安を徐々に解消していく。「お互いほんとは話したかったんだね」と気づける瞬間を作るのが理想的です。
まとめ:自分も相手も“同じ不安”を抱えているかもしれない
職場で「他部署や他社の人ともっと仲良くなりたい」「連携を取りたい」と思っていても、一歩を踏み出せないことはありませんか?そのとき、相手が動かない理由を「きっと興味がないからだ」と思いこんでいないでしょうか。Sheltonらの研究が示すように、それは自分自身と相手に対して異なる解釈をし、“誤解”を生んでいる可能性があります。
実際には「どちらも自分から話しかけるのが怖い」と似た心理状態にあるのに、互いを「乗り気じゃない」とみなして接触を避けてしまう――それがすれ違いのメカニズムです。このような「多元的無知」を自覚するだけでも、次のアクションにつながるはずです。
- 相手の行動を“興味がない”という断定的な理由にすり替えない。
- ちょっとしたきっかけでも「こちらから声をかける」行動を増やしてみる。
- “共通の友人”や“共通の話題”を作って相手との距離を縮める。
ビジネスパーソンにとって、職場での“多様な人間関係”は大きな武器となります。部署横断の企画や新しいアイデアの創出、あるいは他社との協業においても、スムーズなコミュニケーションがあるだけで成果や満足度は大きく変わってきます。もし「自分だけが緊張しているわけじゃない」「本当は誰もが相手を求めているかもしれない」と思えるなら、ぜひ最初の一言をかけてみましょう。その“小さな勇気”が、人間関係を一歩前進させるかもしれません。
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