親しい人と遠くなったり、仲間外れにされたときなど、社会的に苦しい経験をしたときに「心が痛い」、「心の傷跡」などの身体的な苦痛を表す表現をよく使います。これは日本だけではありません。例えば、英語の文化圏でも社会的に苦しい経験を「hurt」、「scar」のような外傷があったときと共通の言葉が使われています。
こういった隠喩は単純に偶然でしょうか。それとも、何か共通した感覚を経験する根本的な理由があるでしょうか。今回は、社会的排斥を経験したときに起きる人の脳内の変化を紹介します。
出典
- Eisenberger, N. I., Lieberman, M. D., & Williams, K. D. (2003). Does rejection hurt? An fMRI study of social exclusion. Science, 302(5643), 290-292.
https://doi.org/10.1126/science.1089134
ウィリアムズ教授の研究チームは、3人のプレイヤーでボールを投げ合うゲーム(Cyberballゲーム)を開発しました。このゲームでは、実験参加者は他の2人のプレイヤー(実際にはコンピュータが制御)とボールを投げ合いますが、途中から他の2人が実験参加者にボールを投げなくなり、社会的排斥を体験する仕組みになっています。(Cyberballゲームについてさらに詳しく知りたい方は、こちらの記事をお読みください)
アイゼンバーガー、リーバーマン、ウィリアムズの3人の研究者は、このCyberballゲームを活用して、排斥されたときの脳の反応を調べることにしました。脳の活動を計測するために、fMRI(機能的磁気共鳴画像法)という装置を使用しました。この装置は脳の活動に伴う血流の変化を計測し、活発に活動をしている脳の部位を検出することができます。
研究者らは2つの脳領域に注目しました。1つは「異常」を警報する前帯状皮質(ACC)で、もう1つは苦痛や否定的感情を抑制する右腹外側前頭前皮質(RVPFC)です。こちらの脳領域は身体の痛みの警報・調節メカニズムとして知られており、研究者らは人が社会的な痛みを感じるときにも、身体的な痛みと同様の神経システムが働いているのではないかと考えたのです。
*研究者らは、ACCの中でも情動的な苦痛と関連がある背側部の前帯状皮質背側部(dACC)の活動を観察しています。
実験結果は、この仮説を裏付けるものでした。Cyberballゲームで仲間外れにされた参加者の脳では、警報システムであるdACCが活性化し、参加者が報告する社会的苦痛の程度とこの活性化は強く関連していました。また、不快な感情を調節する働きを持つRVPFCも活性化が見られ、この活性化が強いほど参加者の報告する苦痛は少ないことが分かりました。私たちは仲間外れにされたとき、身体的な痛みと類似な警報・調節システムが活性化されていたのです。
まとめ
この研究は、「心の痛み」という表現が単なる比喩ではなく、実際の神経活動として身体的痛みと同じ方法で処理されていることを示した画期的な発見として注目を集めました。仲間外れにされたときの心理的苦痛を本当の「痛み」として認識する重要な一歩を記した研究といえます。
痛みの本質的な役割は、危険から身を守るための警報システムです。身体的な痛みがなければ、私たちは怪我や病気から身を守ることができません。同様なシステムが仲間外れにされたときも働くことは、人間にとって社会的つながりがいかに重要かを示しています。私たちは排斥に対して、身体的な危険と同様に神経システムレベルで反応するよう進化してきたのです。
つまり、社会的つながりは「あれば望ましい」程度のものではなく、その欠如は身体的な危険と同等の警報信号を発する生存要素なのです。この痛みを感じる能力が、私たちが排斥状況を避け、他者とのつながりを維持しようとする動機づけとなり、社会的な安全を確保する助けとなっています。
一方、この研究の知見は、私たちの社会の仕組みづくりに重要な示唆を与えます。これまで社会的なつながりは個人の努力や選択の問題とされてきました。しかし、人々を社会的な排斥から守ることは、身体的な危険から守ることと同様に重要な課題として取り組むべきなのです。