日常に潜む社会的排斥:フリスビーから学んだ排斥の心理

Cyberballゲームが解き明かす排斥の科学

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組織の中で「チームの雰囲気がなんとなくぎこちない」、「ある社員が孤立しているように見える」といった状況に気づいたことはありませんか。あるいは「会議で自分の意見が無視された」、「同僚の雑談の輪に入りづらい」などの個人的な経験をしたことはないでしょうか。

実は、これらの状況で私たちは知らぬ間に「社会的排斥」を経験しているかもしれません。

「社会的排斥」という言葉を聞くと、多くの人はいじめや意図的な仲間外れを連想するでしょう。しかし実際には、この現象は私たちの日常生活のあらゆる場面に潜んでいます。さらに興味深いことに、悪意的な言動がない状況でさえ、私たちは排斥の感覚に敏感に反応してしまうのです。

今回は、シンプルな実験を通じて社会的排斥を再現した研究を紹介し、その影響について考えてみましょう。

出典

  • Williams, K. D., Cheung, C. K., & Choi, W. (2000). Cyberostracism: effects of being ignored over the Internet. Journal of personality and social psychology, 79(5), 748.
    https://doi.org/10.1037/0022-3514.79.5.748

突然感じる強い排斥感

アメリカのパデュー大学の心理学教授、キプリング・D・ウィリアムズ氏の興味深い経験を紹介しましょう。

ある日、ウィリアムズ教授が公園で休んでいると、突然フリスビーが飛んできました。教授はそれを拾い、フリスビーで遊んでいた二人組の一人に投げ返しました。すると意外なことに、その二人は教授を交えてフリスビー遊びを始めたのです。言葉を交わすことなく、自然と3人での遊びが続きました。

しかし、約4分後、状況は一変します。突然、二人の若者はウィリアムズ教授にフリスビーを投げなくなったのです。この予期せぬ「仲間はずれ」に、教授は驚くほど強い喪失感と悲しみを感じたと言います。たった4分間の交流とその突然の終わりが、これほど強い感情を引き起こすことに、教授自身が驚いたのです。

この短い出来事が、ウィリアムズ教授に社会的排斥の力を痛感させ、後の研究へとつながっていきました。

フリスビーで排斥を感じた経験を振り返るキプリング・D・ウィリアムズ教授のインタビュー

Cyberballゲーム:排斥を科学の俎上に

ウィリアムズ教授のフリスビー体験は、社会的排斥を科学的に研究する方法の開発につながりました。その結果生まれたのが「Cyberballゲーム」です。このシンプルなコンピューターゲームは、社会的排斥の研究に革新をもたらしました。

ゲームの仕組みは以下の通りです:

  • 参加者は自分を含む3人でオンラインのボール投げゲームをすると告げられる
  • 実際には、他の2人はコンピュータプログラムだが、参加者にはそれを知らせない
  • 研究者はボールの受け取り頻度を調整し、参加者が経験する排斥の度合いを自在にコントロールできる
Cyberballゲーム:3人でボールを投げ合うゲーム。画面下の手は参加者の手。(出典:empirisoft.com/cyberball.aspx)

このゲームの巧妙な点は、実際の人間関係を模しつつ、排斥の度合いを厳密に制御できる点です。例えば、ゲームの序盤では参加者に均等にボールが回ってくるものの、途中から突然ボールが回ってこなくなるように設定することで、現実世界での突然の排斥を再現できるのです。

この手法により、研究者たちは社会的排斥がもたらす心理的・行動的影響を詳細に分析することが可能になりました。驚くべきことに、このシンプルなゲームでの排斥経験でさえ、参加者に強い心理的影響を与えることが明らかになったのです。

排斥がもたらす心理的影響

Cyberballゲームの研究から、排斥を経験した参加者には以下のような影響が見られることがわかりました:

  • ネガティブな気分の増加:参加者は気分が悪くなり、悲しくなるなどの否定的な感情をより強く感じるようになります。
  • グループへの所属感の低下:ボールを投げ合ったグループに対する帰属意識が弱まります。
  • 自己評価の低下:他の参加者が自分を低く評価していると感じるようになります。

注目すべきは、これらの影響が参加者の自尊心の高低に関わらず同様に現れる点です。つまり、普段は自信に満ちた人であっても、社会的排斥に対しては脆弱なのです。

排斥されたら同調行動が増加

社会的排斥は、人々の心理状態だけでなく、行動にも影響を与えることがわかりました。

Cyberballゲームの研究者たちは、ゲーム後の参加者の行動変化を調べるために「同調実験」を行いました。同調実験とは、社会心理学者ソロモン・アッシュによって提案された実験です。この実験は、正解が明らかである場合でも、周囲の人々が不正解を選択すると、それに同調してしまう傾向を評価するために考案されています。

Cyberballゲームの参加者に同調実験の結果、排斥を経験した参加者により強い同調行動の傾向が確認されました。つまり、仲間外れにされた人ほど、他者の意見に合わせやすくなる傾向が見られたのです。この結果は、排斥された人は所属欲求が脅かされることで、同調行動が増加する可能性があることを示唆しています。

まとめ:日常に潜む社会的排斥の影響

Cyberballゲームはシンプルなボール投げの形式を用いて、社会的排斥の本質を巧みに捉えた実験です。この研究により、直接的な悪意がなくても、単に相互作用から除外されるだけで、ネガティブな感情が増加し、所属感が低下し、同調行動が増加することが明らかになりました。

日常生活において、私たちは意識せずにこのような経験に直面しています。例えば、会議で発言の機会がない、グループチャットでの意見が無視される、同僚だけで食事に行くなど、悪意のない行動でも排斥感を引き起こす可能性があります。これらの経験が、私たちの感情や行動、さらには判断にまで影響を与えている可能性があるのです。

排斥感は一見ネガティブに思えますが、実は重要な社会的機能を持っています。この感覚は、私たちに所属欲求を喚起し、社会的つながりを求める動機づけとなります。しかし、過度の排斥感は逆効果となり、心理的苦痛や過剰な同調行動につながる可能性があります。適切なバランスを保つことが重要な課題となるでしょう。

次回は、Cyberballの研究から得られた社会的排斥の知見についてさらに紹介できればと思います。

この記事の執筆者

李鍾赫

(株)ハピネスプラネット

ヒューマンデータサイエンティスト

北海道大学大学院工学院人間機械システムデザイン専攻修了。東京工業大学では会社組織の対面相互作用分析と複雑ネットワークの生成メカニズムの研究を行う。2023年より株式会社ハピネスプラネットに参画。趣味はサッカー。

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