仕事をしていると、
- 午後になると頭が重くなり働かなくなる
- なかなか良いアイデアが出なくて詰まる
- 周囲に気を配る余裕がなくなる
- 本当は体を動かしたほうがいいと分かっていても、疲れていて動けない
こんな感覚はないでしょうか。
特にデスクワーク中心の社会人にとって、運動は「大事だと分かっているけれど、続けにくいもの」です。ジムに入会しても続かない。仕事終わりに走ろうと思っても、気力が残っていない。健康のために動きたいのに、仕事に疲れて動けなくなる。これは多くの人にとってかなり現実的な悩みだと思います。
そこで今回ご紹介したいのが、「運動そのものを頑張る」のではなく、“運動しやすいように自分で自分をちょっと後押しする”という発想です。
取り上げるのは、2025年に発表された以下の研究です。
Bakker, A. B., Pap, Z., & Virga, D. (2025). Daily self-nudging towards physical activity: implications for vigour, creativity, and prosocial work behavior. European Journal of Work and Organizational Psychology, 1–17. https://doi.org/10.1080/1359432X.2025.2566805
この研究は、日々のちょっとした工夫によって身体活動を促すことが、仕事中の活力(vigour)や創造性、さらには同僚を助けるような向社会的行動にも関係している可能性を示しました。
「運動すると健康にいい」という話はよく聞きますが、この研究が面白いのは、仕事のパフォーマンスや職場での振る舞いにまでつながるかを見ている点です。
この研究のポイント
この論文の核心は、次のようにまとめられます。
その日に、自分で自分を身体活動へ向かわせる工夫(self-nudging)をしていた人ほど、その日の仕事中により活力を感じやすく、創造性や周囲を助ける行動も高まりやすかった、ということです。
ここで重要なのは、「強い意志で無理やり頑張る」ことではありません。
むしろ逆で、意志力に頼らず、動きやすくなるような環境やきっかけを自分で整えることに注目しています。
たとえば、
- 運動道具を見える場所に置く
- スマホで運動のリマインドを出す
- ウェアラブル端末で活動量を見える化する
- 少し歩くタイミングをあらかじめ作っておく
といった工夫です。
一見すると地味ですが、忙しい会社員にとっては、こうした「小さな仕掛け」のほうが現実的です。
self-nudging(セルフナッジ)とは何か?
まず、この研究のキーワードであるself-nudging(セルフナッジ)を押さえておきましょう。
「ナッジ」という言葉は、行動経済学や政策分野で広く知られています。
ざっくり言えば、人の選択を無理やり変えるのではなく、自然と望ましい行動をしやすくする工夫のことです。
有名なのは、トイレの清潔な利用を促すために表示を工夫したり、健康的な食品を手に取りやすい位置に置いたりするような例です。
ただ、職場で外部からナッジされると、人によっては
- 管理されている感じがする
- 押し付けられているように感じる
- 余計なお世話だと思う
といった反発が起きることがあります。
そこでこの研究が注目したのが、他人からナッジされるのではなく、自分で自分にナッジをかけるという考え方です。
つまり、自分のことを一番よく知っている自分自身が、
- どんな場面で運動しやすいか
- 何があると動きやすいか
- 何があるとサボりやすいか
を踏まえて、自分なりの仕掛けを作るのです。
これは会社員にとってかなり実用的な視点です。
なぜなら、毎日の働き方や疲れ方は人によって違うからです。朝型の人もいれば、昼休みに少し歩くほうが合う人もいる。退勤後は無理でも、会議の合間なら体を動かせる人もいます。筆者の場合は、一度自宅に帰宅すると家から出れなくなってしまうので、仕事場からジムに直行するようにしています。
研究の背景:なぜ身体活動が仕事に関係するのか?
この研究の背景には、「仕事で消耗すると、回復のために必要な行動ほど取りにくくなる」という問題意識があります。
本来、身体活動はストレスの軽減やエネルギー回復に役立つと考えられています。ところが現実には、疲れている日ほど「今日はもう動きたくない」となりがちです。
つまり、疲れているからこそ必要な行動が、疲れているせいでできないわけです。
特に現代の知的労働では、単に作業量をこなすだけでなく、
- アイデアを出す
- 問題を整理する
- 人と協力する
- 周囲に気を配る
といった能力が求められます。
こうした働き方には、身体のスタミナだけでなく、「活力」や「頭の冴え」や「心の余裕」が必要です。
そのため、身体活動が仕事にもたらす影響を、単なる健康面だけでなく、日々の仕事行動のレベルで捉え直そうというのがこの研究の狙いでした。
実験概要:どんな方法で調べたのか?
この研究は、日本の社会人を対象にした日記法(daily diary study)で行われました。
つまり、ある一時点だけを調べるのではなく、同じ人を数日間追いかけて、その日の状態を日ごとに測る方法です。
参加者
参加者は、さまざまな業界で働く182名の従業員でした。
業種は教育、サービス、IT・通信などに分かれており、勤務形態もオフィス勤務、在宅勤務、ハイブリッド勤務が含まれていました。
調査期間
参加者は5営業日連続で回答しました。
日単位の回答データは合計で672件集まっています。
調査方法
参加者は、毎日午後に、その日の状態について短い質問票に回答しました。
これによって研究者は、「その日にself-nudgingが多かった日」と「少なかった日」で、その後の仕事中の状態がどう違うかを分析しました。
この方法の良いところは、「普段から元気な人」と「そうでない人」の違いだけでなく、同じ人の中でも“今日はどうか”という日々の変動を見られることです。
つまり、「Aさんはもともと創造的だ」という固定的な違いではなく、
Aさんの中で、self-nudgingをした日のほうが、していない日よりも元気で創造的だったかを見やすくなります。
測定された項目
この研究では、主に以下の4つが測定されました。
1. self-nudging towards physical activity
その日に、自分で自分を身体活動へ向かわせる工夫をどれだけしていたかを測りました。
たとえば、
- 運動器具を見えやすい場所に置いた
- スマホの通知で思い出せるようにした
- ウェアラブル機器で活動を追跡した
- 動くきっかけを自分で作った
といった内容です。
ここで大事なのは、「ハードな運動をしたか」よりも、「動きやすくする工夫をしていたか」に注目している点です。
2. vigour(活力)
仕事中の活力を測りました。
この論文での活力は、単なる元気さだけでなく、
- 体にエネルギーがある感じ
- 精神的にいきいきしている感じ
- 頭がよく働く感じ
を含む概念として扱われています。
会社員の感覚で言えば、
「なんとなく重い・だるい」状態の反対側にある、“今日は回る”感覚に近いです。
3. creativity(創造性)
その日にどれだけ創造的に働けたかを測りました。
新しいアイデアを出せたか、問題に柔軟に対処できたか、というような内容です。
4. prosocial work behavior(向社会的行動)
同僚を助けたり、周囲に協力したりする行動を測りました。
たとえば、困っている人に手を貸す、支援する用意がある、といった職場内の前向きな対人行動です。
実験結果:何が分かったのか?
1. self-nudgingをした日は、活力が高かった
まず、その日に自分で身体活動を促す工夫をしていた人ほど、その日の仕事中の活力が高いことが示されました。
これはかなり納得感があります。
運動そのものに限らず、「少し動く」「体を起こす」「だらだら座り続けない」ための工夫があると、身体面にも認知面にも良い影響が出やすいのでしょう。
仕事をしていると、午前中はまだいいのに、午後から急に重くなることがあります。そういうときに必要なのは、やる気論ではなく、小さく身体を立ち上げる仕組みなのかもしれません。
2. 活力が高い日は、創造性も高かった
次に、活力が高い日ほど、創造性も高いことが示されました。
これは「元気があるとアイデアが出る」という単純な話ではありません。
活力があると、
- 考え続ける余力がある
- いつもと違う見方を試せる
- 面倒な検討を避けずに済む
- 新しい発想に踏み込みやすい
といったことが起きやすくなります。
会社員としてはよく分かる話で、疲れている日は「無難な答え」に流れやすいですよね。
逆に余力がある日は、「もう一案考えてみよう」「別の切り口ないかな」となりやすい。
この研究は、その感覚をデータで裏づけた形です。
3. 活力が高い日は、同僚を助ける行動も増えた
さらに、活力が高い日ほど、向社会的行動も高いことが示されました。
これは職場で非常に重要です。
人は疲れて余裕がなくなると、自分の仕事を回すだけで精一杯になりがちです。すると、
- 同僚に声をかける
- 困っていそうな人を気にする
- 少し手伝う
- 丁寧に返す
といったことが減りやすくなります。
逆に、活力がある日はそうした“余白”が生まれます。
つまり、身体活動を促す工夫 → 活力の上昇 → 対人面での前向きさという流れが見えたわけです。
4. 創造性や助け合いへの影響は、活力を通じて説明された
分析の結果、self-nudgingと創造性・向社会的行動との関係は、活力が媒介することが示されました。
要するに、
- 自分で自分を動かす工夫をする
- その結果、仕事中の活力が高まる
- その活力が、創造性や助け合いに結びつく
という構造です。
この流れは、仕事の現場感覚にも合っています。
いきなり「運動したから創造的になった」というより、
動きやすくなったことで、まず自分の状態が少し良くなり、その良い状態が仕事に表れると考えるほうが自然です。
5. 翌日への持ち越しも少し見られた
追加分析では、self-nudgingの効果が翌日の活力にもある程度つながる可能性が示されました。
つまり、その日だけの瞬間的な変化ではなく、少し先まで良い影響が残るかもしれない、ということです。
もちろん、これは劇的な変化ではありません。
ですが、日々の小さな工夫が積み重なることで、仕事のコンディション全体を底上げする可能性が見えてきます。
この研究が会社員にとって意味すること
この論文の良さは、「理想論」ではなく「現実的な入口」を示している点にあります。
多くの人にとって、毎日しっかり運動するのは難しいです。
忙しい、疲れている、予定が読めない、天気が悪い、やる気が出ない。どれも普通です。
でも、この研究は、「毎日すごい運動をしなくてもいい」と読めます。
大切なのは、身体活動が起きやすいように、自分で自分を少しだけ後押しすることです。
これは、仕事に置き換えるとかなり有効です。
たとえば会社員の日常では、
- 午前の会議が終わったら立って歩く
- ランチ後に3分だけ外を歩く
- エレベーターではなく階段を選びやすいようにする
- 帰宅後すぐ動けるようにウェアを出しておく
- スマートウォッチの通知で“座りっぱなし”に気づく
といった工夫が考えられます。
こうした行動は、一つひとつは小さいです。
でも、忙しい社会人にとって重要なのは、大きな理想ではなく、無理なく回る仕組みです。
実践へのヒント:今日からできるself-nudging
この研究を日常に落とし込むなら、次のような考え方が使えます。
1. 「やる気がある前提」をやめる
まず大事なのは、
自分は疲れていると動けない存在だと認めることです。
これは甘えではなく、設計の出発点です。
やる気に期待するのではなく、やる気がなくても動ける形にするほうが合理的です。
2. ハードルを極端に下げる
「30分運動」ではなく、
- 2分歩く
- 1回立つ
- 1駅分ではなく1フロア分階段を使う
- ストレッチを30秒する
くらいで十分です。
大きい目標は続きませんが、小さい行動は繰り返しやすいです。
3. 環境に頼る
意志力ではなく、環境を変えます。
- 靴を見える場所に置く
- マットを敷いたままにする
- 水筒を準備して立ちやすくする
- 通知やカレンダーに動く合図を入れる
など、「思い出す」「始める」のコストを下げることが重要です。
4. “仕事のため”と考えてよい
運動は健康のためだけでなく、
仕事中の頭の回転や対人余裕にも関係する可能性があると考えると、優先順位が上がります。
「運動する時間がない」ではなく、
「仕事の質を保つために少し動く」と捉え直すと、実行しやすくなる人も多いはずです。
まとめ
この研究が示しているのは、
仕事の元気や創造性、助け合いは、気合いだけで決まるわけではないということです。
自分で自分を少しだけ身体活動に向かわせる工夫――
たとえば、通知を入れる、道具を見える場所に置く、短く歩くきっかけを作る。
そんな小さなself-nudgingが、その日の活力を高め、結果として仕事の質や職場での振る舞いにもよい影響をもたらす可能性があります。
忙しい会社員ほど、「もっと頑張る」ではなく、
頑張らなくても少し動ける仕組みを作ることが大事なのかもしれません。
仕事で疲れているときほど、必要なのは根性論ではなく設計です。
そして、その設計は意外と小さな工夫から始められます。
参考文献
もっと深く学び、実践したい方へ
このコラムでご紹介したような知見を、第一線の研究者と共に深く学べる研修を開催しています。
講師は、フロー理論や心の資本など、国内外の研究者と共同研究を行ってきた矢野和男が務めます。バラバラに見える心理学的知見を、ウェルビーイングという軸で整理し直すことで、職場や組織に新たな視点が生まれます。
そして、プログラムで得た知見や参加者同士のワークショップを通じて、組織のウェルビーイングリーダーとしてのマインドセットを磨いていただきます。学びを現場へと活かし、組織内のウェルビーイング実践にご興味のある方は、ぜひ参加をご検討ください。

