アートを眺めるだけで「人生の意味」が深まる?──38本の論文が示す、鑑賞型アートとウェルビーイングの意外な関係

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ミュージアムを訪れた後、なぜか気持ちが晴れやかになった経験はありませんか?病院の廊下に飾られた絵画を眺めているうちに、緊張が少しほぐれたような気がしたことは?

アートと健康・幸福(ウェルビーイング)の関係は、近年ますます注目されています。世界保健機関(WHO)が委託した大規模レビューでは、演劇鑑賞、ダンス、歌、絵画制作など3000本を超える研究が「アートは健康の社会的決定要因である」と指摘しています。しかし、重要なことが一点見落とされていました——「作る」ことなく、ただ「見る」だけのアート体験には、どれほどの効果があるのか、という問いです。

絵画を美術館で眺める、病室や職場に飾られた作品を目に留める、街中の公共アートに足を止める。こうした「鑑賞型アート」は、特別なスキルも道具も必要なく、誰でも日常的に関われる活動です。それにもかかわらず、その効果を系統的に検証した研究はこれまで存在しませんでした。

そこで今回ご紹介するのは、この問いに正面から向き合った画期的なシステマティックレビューです。

Trupp, M.D., et al. (2025). The impact of viewing visual art on well-being: A systematic review of receptive art activities, characteristics, and mechanisms. The Journal of Positive Psychology. https://doi.org/10.1080/17439760.2025.2481041

4つの学術データベースで3893本の論文を精査し、最終的に38本・合計6805名のデータをもとに、「アートを見ること」がウェルビーイングに与える影響と、そのメカニズムを網羅的に整理した研究です。


研究概要:「見るだけ」のアートを系統的に評価する

この研究チームが取り組んだ問いは、以下の3点に整理できます。

  1. どこで、誰に対して、どのようにアート鑑賞が活用されてきたか?
  2. アート鑑賞は実際にウェルビーイングを改善する証拠があるか?
  3. アートを見ることが心理的恩恵をもたらすメカニズム(仕組み)は何か?

「鑑賞型アート」の定義は明確に設定されており、絵画・彫刻・インスタレーション・版画などの視覚芸術を能動的に見る行為が対象です。映画、パフォーマンス、ダンス、建築物、自然景観は対象外とされています。また、「アートを見たはずだが実際に見たかどうか不明」な状況(例:大部屋に飾られた絵を全員が注目したとは言えない)も除外されました。


調査手法:38本・6805名のデータを精査

論文の探し方

CINAHL、EBSCOhost、Scopus、PubMedの4つのデータベースを対象に、2000年から2023年に発表された論文を検索。「アート」「ウェルビーイング」「精神的健康」「痛み」「ストレス」「鑑賞」などのキーワードを組み合わせ、3893本のアブストラクトを2名の独立したレビュアーが精査しました。

最終的に選ばれた38本の内訳:

  • 量的研究(アンケートや生理指標などで数値化):22本
  • 質的研究(インタビューや観察などで内容を分析):6本
  • 混合研究(両方を組み合わせ):10本

合計で6805名のデータが対象となっています。

アウトカム(結果の指標)の種類

研究が測定したウェルビーイングの種類は107項目にのぼり、以下のカテゴリに分類されます。

カテゴリ主な指標例割合
情動的ウェルビーイング気分・感情・ポジティブな感情40%
ストレス・不安状態コルチゾール・心拍数・血圧・不安尺度26%
評価的ウェルビーイング生活満足度・クオリティ・オブ・ライフ11%
ユーダイモニック的ウェルビーイング人生の意味・目的意識10%
総合的ウェルビーイング複数指標の複合測定5%
社会的ウェルビーイング孤立感の軽減・つながり感4%
痛み主観的な痛みと痛み耐性4%

アート鑑賞の「現場」:どこで、誰が、どのように

38本の研究が実施されたさまざまな場について、まず整理してみましょう。

場所(セッティング)

  • 美術館・ギャラリー(26%):最多。研究プログラムの一環として参加者が訪問。観覧時間は5分のみのものから、複数回にわたるツアー+グループ討論のケースまで多様。
  • オンライン(24%):自宅でタブレット端末を使った鑑賞や、非没入型バーチャルリアリティを用いた体験。COVID-19パンデミック以降に増加。
  • 臨床(病院)環境(21%):患者や医療スタッフが対象。ファシリテーターとの1対1のセッションや、廊下・病室の壁に飾られた作品の効果を検証。
  • 実験室(16%):制御された環境下で、アート知覚や感情への影響を厳密に測定。

アクティビティの「付帯要素」

実験では「ただ作品を見るだけ」でなく、さまざまな活動が組み合わされていました(53種類・26本の研究)。

  • 振り返り活動(23%):作品鑑賞後の感想文、作品が持つ意味についてのマインドフルな観察など
  • 社会的活動(21%):グループディスカッション、ペアでの対話、SNS的なコメント機能の活用
  • 教育的活動(21%):ガイドツアー、作品についての音声・文章情報の提供
  • 感覚的活動(8%):病院ベッドサイドで実物の工芸品を触る、作品と合う音楽を流すなど

アートの種類と鑑賞回数

使用された作品の筆頭は絵画(42%)で、具象・抽象・現代絵画を含みます。次いで複数メディアの混合(37%)、現代アートやインスタレーション(11%)と続きます。

セッション数は66%が1回のみ。複数回のプログラムは認知症高齢者など特定の集団を対象とするケースが多く見られました。


研究結果:何が「証明」され、何が課題として残ったか

量的な証拠:ユーダイモニック的ウェルビーイングに収束的な証拠

88件の量的アウトカムを分析したところ:

  • 有意な改善が見られた:41件
  • 有意な改善なし(非有意):41件
  • 統計的評価なし:6件

ウェルビーイングのカテゴリ別に見ると、ユーダイモニック的ウェルビーイング(人生の意味・目的感)は4件すべてが有意(100%)という突出した結果でした。情動的ウェルビーイングは57%、ストレスは52%が有意でした。

ただし、重要な注意点があります。コントロール条件(アートを見ない比較群)を設けた研究は38本中14本のみで、さらにその中で「コントロール条件よりも有意に改善した」のは42件のアウトカム中わずか6件(14.3%)にとどまりました。

このことは、多くの研究で観察された改善が、アート鑑賞の固有効果なのか、それとも「何かをした」「誰かと過ごした」という一般的効果なのかを、現時点では断言できないことを示しています。

 

特に有力な証拠:人生の意味への影響

コントロール条件を用いた高品質な研究の中で、特に注目に値するのは次の2つです。

  • Totterdell & Poerio(2020):スポーツ視聴との比較で、アート鑑賞が「人生の意味」を有意に予測(β = 0.18)
  • Cotter et al.(2022):「アートについて読む」群との比較で、4週間のバーチャルアート鑑賞後に「人生の意味」が有意に向上(f² = 0.01)

また、ストレス関連では、絵画などの芸術作品を見ると生理的な興奮・覚醒反応が生まれる(瞳孔径増大)という結果(Law et al., 2020)や、アートが展示された待合室では、そうでない部屋と比較してストレス行動が減少したという観察結果(Klingemann et al., 2018)も報告されています。


考察:エビデンスの現状と今後の展望

証拠の強さについて

研究者たちは、「アートが良い」という証拠についてはまだ発展途上段階だと率直に述べています。現状では:

  • 強い証拠がある領域:ユーダイモニック的ウェルビーイング(人生の意味・目的感)
  • 混在する証拠:感情的ウェルビーイング、ストレス・不安
  • 証拠が弱い領域:生活満足度(評価的ウェルビーイング)、痛み

多くの研究でサンプルサイズが小さく、コントロール条件を設けない設計が多かったため、今後はよりレベルの高い無作為化対照試験(RCT)が求められます。

アートの「何が効くのか」という問い

この研究の重要な指摘は、「アートを見た」という事実だけでなく、どんなアートを、どんな場所で、どんな人と、どんな活動と一緒に体験したかが結果に大きく影響するという点です。

例えば:

  • 一人でオンラインで絵を見る場合と、高齢者がグループで美術館を見学する場合では、効果を生むメカニズムが根本的に異なります
  • 反省・内省を促す活動(鑑賞後の感想記述など)を組み合わせることで効果が高まる可能性があります
  • 作品のジャンル(写実的か抽象的か、ポジティブなテーマかどうか)も効果に関わると考えられます

今後の研究への提言

著者らは、将来の研究者・実践者向けに次のツールをOSF上で公開しています(https://osf.io/qjg72/):

  1. 論文データベース:アート特性・研究手法・ウェルビーイング指標でフィルタリング可能な過去研究のカタログ
  2. RAARR(受容型アート活動研究報告ガイドライン):鑑賞スケジュール・場の設定・作品・参加者特性・測定方法などを何をどう記述すべきかを示すチェックリスト

まとめ:「見る」アートには確かな可能性がある

この大規模なシステマティックレビューから見えてきたことを整理すると、以下のようになります。

明らかになったこと:

  • アート鑑賞は美術館・病院・オンラインなど多様な場で研究されており、それぞれに固有の効果と文脈がある
  • 特に「人生の意味・目的感(ユーダイモニック的ウェルビーイング)」については、比較対照を設けた高品質な研究でも一貫して正の効果が支持された
  • アートが心に働きかける道筋として、感情調整・快楽・ストレス軽減・記憶の喚起・社会的つながり・内省・レジリエンスなど多様なプロセスが示唆されている

まだ課題として残ること:

  • コントロール条件を設けた研究が少なく、アート固有の効果なのか一般的活動の効果なのかを断言しにくいケースが多い
  • 「どの種類のアート」「どんな付帯活動との組み合わせ」が最も効果的かを特定するには、さらなる研究が必要

日常の中でアートに触れる機会は意外とたくさんあります。美術館での特別展だけでなく、スマートフォンで眺めるオンライン美術館、職場や病院に飾られた一枚の絵、街中のパブリックアート——こうした「ちょっと見る」体験が、感情の調整、意味の発見、人とのつながりというプロセスを通じて、私たちのウェルビーイングを静かに下支えしている可能性があるのです。


参考文献

もっと深く学び、実践したい方へ

このコラムでご紹介したような知見を、第一線の研究者と共に深く学べる研修を開催しています。
講師は、フロー理論や心の資本など、国内外の研究者と共同研究を行ってきた矢野和男が務めます。バラバラに見える心理学的知見を、ウェルビーイングという軸で整理し直すことで、職場や組織に新たな視点が生まれます。
そして、プログラムで得た知見や参加者同士のワークショップを通じて、組織のウェルビーイングリーダーとしてのマインドセットを磨いていただきます。学びを現場へと活かし、組織内のウェルビーイング実践にご興味のある方は、ぜひ参加をご検討ください。

この記事の執筆者

村井康太郎

(株)ハピネスプラネット

カスタマーサクセスアーキテクト

新卒でPwCコンサルティング合同会社に入社後、人事コンサルティング部門にて大手メーカーやサービス企業の人事業務改革やグローバル人事システム、ピープルアナリティクス導入プロジェクトに従事。2021年より株式会社ハピネスプラネットに参画。カスタマーサクセスの改善の他、システムやサービスの開発に奮闘中。趣味は読書とトライアスロン。