ビジネス判断力のピークは中年期―AI時代に求められる人間の成熟

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私たちは年齢について語るとき、どうしても「低下していく能力」に目を向けがちです。計算の速さ、反応時間、短期記憶といった認知能力(その中でも流動性能力)は、心理学の研究でも10代後半から20代前半にピークを迎えることが知られています。そのため、「若いほうが頭が切れる」「年を取ると判断力が鈍る」という感覚は、ある意味で直感的でもあります。しかし、この見方は人間の能力の一部だけを切り取ったものにすぎません。

実際には、年齢とともに向上していく能力も確かに存在します。語彙や専門知識のような知識ベースの能力、感情の扱い方、状況を俯瞰して判断する力、過去の失敗を踏まえて意思決定を修正する力などは、経験の蓄積とともに磨かれていきます。若さがもたらす鋭さと、成熟がもたらす深さは、同時に存在しうるのです。

こうした考え方を理論的に整理してきたのが、生涯発達理論です。この理論では、人間の発達を「成長期のあとに一方的な衰退が始まる直線的な過程」とは捉えません。むしろ、ある能力は低下し、別の能力は成長するという「獲得と喪失の共存」を前提に、人間の総合的な機能は中年期以降も形を変えながら発達し続けると考えます。意思決定やリーダーシップのような複雑な役割は、こうした統合的な能力によって支えられるという見方です。

これに対して、「では人間の総合力は、実際にいつピークを迎えるのか」という問いを、認知能力と人格特性を横断する形で実証しようとしたのが、今回紹介する研究です。従来は個別に論じられてきた知能、性格、判断力を一つの指標として統合し、年齢との関係を検証した点に、この研究の新しさがあります。

参考文献

  1. Gignac, G. E., & Zajenkowski, M. (2025). Humans peak in midlife: A combined cognitive and personality trait perspective. Intelligence, 113, 101961. https://doi.org/10.1016/j.intell.2025.101961

この研究では、著者らは新たに大規模調査を行ったのではなく、これまでに公表されてきた信頼性の高い研究データを幅広く収集・再分析しました。対象としたのは、推論力や処理速度といった認知能力、ビッグファイブに代表される人格特性に加え、感情知能、金融リテラシー、道徳的推論、サンクコストへの耐性など、実社会での意思決定や成果と関係が深い心理特性です。

それぞれ異なる研究・異なる尺度で測定されていたデータを、そのまま比較することはできません。そこで著者らは、すべての指標を共通の尺度(Tスコア)に変換し、年齢ごとの平均値を推定することで、能力間の直接比較を可能にしました。そのうえで、認知能力と人格特性に、実践的な判断力や社会的能力を含めて重みづけして合計し、人間の総合的な心理機能を示す統合指標「認知―性格機能指数(Cognitive–Personality Functioning Index:CPFI)」を提案しました。

重要なのは、この重み付けが恣意的な印象論ではなく、各特性が仕事の成果や意思決定にどの程度関与しているかという既存研究の知見に基づいて設計されている点です。こうして作られた統合指標を年齢とともにプロットすることで、「人間の総合的な機能は、人生のどの段階で最大化されるのか」を、体系的に可視化したのです。

大枠としては、まず「認知能力」と「性格特性」の二つを基盤に据え、それぞれを加重平均した基礎指標を作成しました。認知能力については、推論力や処理速度といった流動性能力と、語彙や知識に代表される結晶性能力から構成し、性格特性についてはビッグファイブに基づく指標を採用しました。

さらに、包括的モデルではこれらの基礎指標に加え、感情知能、金融リテラシー、道徳的推論、サンクコスト耐性など、経験や社会的実践と密接に関わる機能群を個別に組み込んでいます。これにより、「IQや性格だけでは捉えきれないが、現実の意思決定には不可欠な能力」を含めた形で、人間の機能的ピークを検証する設計となっています。

結果 各能力・機能の年齢による変化

図2から図6は、人間の能力が年齢とともにどのように変化するのかを、個別の要素と総合指標の両面から示しています。ここで重要なのは、単一の能力の上下ではなく、それらがどのように組み合わさって「総合的な機能」を形づくっているかという点です。

まず図2では、従来の知能研究でよく知られている傾向が確認できます。推論能力や処理速度、記憶容量といった流動性能力は若年期をピークに低下していきます。一方で、語彙や知識に代表される結晶性能力はや金融リテラシーは中年期以降も上昇し、60代前半まで高い水準を保ちます(図3)。性格特性に目を向けると、誠実性や情緒安定性は若年期から中年期にかけて着実に向上し(図4)、仕事や対人関係の安定性を支える基盤となっていきます

図2 流動性知能の早期減退
新しい情報を処理し、即座に推論する能力は、確かに20代を境に低下の一途をたどる

図3 失われない資産:結晶性知能と専門リテラシー
処理速度の低下とは対照的に、知識、語彙、そして社会生活に必要なリテラシーは、高齢まで成長・維持される
図4 成熟する人格 仕事のパフォーマンスを支える「ビッグファイブ」の変化
職業的成功に最も寄与する2つの性格特性は、中年期に向けて強化される

さらに図5では、より実社会に近い機能が示されています。感情知能や道徳的推論、金融リテラシー、サンクコストへの抵抗といった能力は、経験の蓄積とともに向上し、多くが中年後期まで高い水準を維持します。これらは、単なる情報処理能力ではなく、複雑な状況を読み取り、長期的な視点で判断する力を反映しています。一方で、認知的柔軟性や認知への欲求など、一部の機能は緩やかに低下しますが、その変化は急激ではありません。

図5 戦略的・倫理的判断力の深化
複雑な意思決定においては、計算速度よりもバイアスへの抵抗力と大局観が重要となる
図6 感情知能:対人能力のピーク
自身の感情を管理し、他社の感情を理解して環境をナビゲートする能力は、若年層よりも中年層で高い。つまり、感情労働やリーダーシップ、チームマネジメントにおいてこの「感情の成熟」は、IQ以上の予測因子となり得る

これらすべてを統合した包括型モデルによる総合指標(CPFI)を計算した結果、人間の機能的ピークは55〜60歳前後に現れることがわかりました(図7)。若年期の鋭さが失われる一方で、知識、人格、感情調整、実践的判断力が統合されることで、全体としての意思決定能力や役割遂行力が最大化されるのです。この結果は、「年齢とともに能力は下がる」という単純な見方では捉えきれない、人間の成熟の姿をデータとして示しています。

図7 包括的モデル(CPFI)による、経験値と実践的判断力を加味したスコア
55~60歳にピークが来ることがわかった。流動性知能の低下を、感情知能、リテラシー、バイアス耐性などの上昇分が補完・凌駕している

では、ここで言う感情知能や道徳的推論、金融リテラシー、サンクコストへの抵抗とは、ビジネスのどのような場面で必要とされる能力なのでしょうか。これらは、日常的な定型業務よりも、不確実性が高く正解が一つに定まらない局面で力を発揮します

たとえば、組織の方針転換や事業撤退の判断では、数字だけでなく、関係者の感情や反発、組織への影響を読み取る必要があります。感情知能は、対立や不安が高まる状況でも冷静に状況を把握し、対話を通じて合意形成を進める力として機能します。論文が指摘するように、こうした能力は年齢とともに高まり、複雑な人間関係を伴う意思決定を支えます。

また、道徳的推論は、短期的な利益と長期的な信頼が衝突する場面で重要になります。コンプライアンス、人的配置、評価制度の見直しなどでは、「何が許されるか」ではなく「何が正しいか」を判断する力が求められます。研究では、こうした原理的な判断力が中年期以降も向上し、リーダーシップの質と深く結びついていることが示されています。

金融リテラシーサンクコストへの抵抗は、投資判断やプロジェクト管理の現場で不可欠です。すでに多くの資源を投入した事業であっても、将来の見通しが立たない場合には撤退を決断する必要があります。過去の投資に引きずられず、将来の価値に基づいて判断する能力は、経験を通じて鍛えられやすく、論文でも年齢とともに改善する傾向が示されています。

これらの総合力は、図9に示す最適化・補償・選択メカニズムによって、低下する処理能力を戦略的な脳の使い方と人間的成熟によって補い、維持されていると考えられています。

まとめると、本研究が包括型モデルを通して示しているのは、「現場を回す力」ではなく、「組織や事業の行き先を決める力」であるという点です。だからこそ、こうした能力が統合される中年後期が、意思決定やリーダーシップにおいて最も機能的な時期として現れたのです。

図8 補完のメカニズム:なぜ総合力は維持されるのか
人間は機械的な処理能力の低下を、戦略的な脳の使い方と人間的成熟によって補っている

この研究が示しているのは、50代以降のキャリアを一律に「下り坂」と捉える必要はない、という点です。包括型モデルで人間の機能を統合的に評価すると、判断力や統合力、感情調整や経験に基づく意思決定といった側面は、集団平均としては50代後半から60歳前後にかけて高まりやすい傾向が見られます。重要なのは、若い頃と同じやり方で能力を測ろうとしないことです。スピードや量といった単一指標ではなく、意思決定の質や全体最適への貢献といった観点で見ることで、年齢とともに現れる強みが可視化されます。

この研究の枠組みを生成AIの時代に当てはめて考えると、どの機能がAIによって強く補完され、どの機能が人間に依存しやすいのかも整理しやすくなります。生成AIが得意とするのは、情報処理速度、計算、検索、大量情報の要約や比較、論理的な選択肢の列挙、過去事例の整理といった領域です。これらは従来、若年層が相対的に有利とされてきた機能でもあり、AIは年齢による差を小さくします。一方で、20代であっても、知識量や情報処理面での不利を補いながら意思決定に関与できる環境は確実に広がっています。

しかし反対に、生成AIが本質的に代替しにくい機能もあります。緊張下で感情を制御し対立を調整する力、短期的な利益と長期的な信頼を秤にかける道徳的判断、過去への心理的執着を断ち切る決断、複数の利害を統合した最終判断、そしてその判断の責任を引き受けるという行為です。論文が示しているように、これらの機能は単なる情報量ではなく、経験や役割意識、人格的成熟と深く結びついており、中年期以降に発達しやすい傾向があります。

このため、生成AIの普及が意味するのは、若年層か中高年層かという二者択一ではありません。AIによって若年層の参入障壁は下がる一方で、AIが補完できない統合的判断や責任引受の重要性は相対的に高まっていくと解釈できます。結果として、50代以降で活躍し続ける人の強みも、能力構成という観点からより明確に説明できるようになります。

生成AIは「若さの強み」を拡張すると同時に「成熟の価値」を高め、人間の強みがどこにあるのかを浮き彫りにします。年齢そのものが成功を決めるのではなく、どの能力をどのように組み合わせて自分の強みを発揮するかが問われる時代になっていきます。この研究は、生成AI時代のキャリアやリーダーシップを考えるうえで、その見取り図となるでしょう。


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この記事の執筆者

辻聡美

(株)ハピネスプラネット

チーフアーキテクト

京都大学大学院情報学研究科博士前期課程了。(株)日立製作所入社後、研究開発グループ基礎研究所にて人間行動データの応用に関する研究に従事し、ウェアラブルセンサを用いた50組織2000名以上の職場コミュニケーションの計測と分析、マネジメント改善施策の実行に携わる。2020年の設立当初より株式会社ハピネスプラネットに参画。発明協会平成26年度関東地方発明賞発明奨励賞、第64回オーム社主催公益財団法人電気科学技術奨励会電気科学技術奨励賞受賞他。東京工業大学情報理工学院博士後期課程単位取得退学。趣味は読書と旅行とDIY。