健康アプリの「仕掛け」は誰にどう効く? ――mHealthゲーミフィケーションの設計指針

セルフモニタリング・進捗・チャレンジ・クエストの4つは、ほぼ「全員に効く」共通エンジンだった

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ヘルスケア系のアプリって、気づけばスマホに何個か入っていないでしょうか?
歩数計、睡眠トラッカー、食事記録…2018年時点で35,000以上のmHealthアプリが存在すると言われています。

一方で、

  • 最初の1週間だけ頑張って、あとは起動していない
  • 社内の健康増進アプリを入れたけれど、結局「ノルマ感」だけが残った

という経験のある方も多いと思います。

そこで注目されているのが、

  • パーソナライゼーション(個人に合わせる)
  • ゲーミフィケーション(ゲームの要素を取り入れる)

です。ただ、「どのタイプのユーザーに、どんな仕掛け(メカニズム)が効くのか?」は、感覚だけで語られていることも少なくありません。

今回紹介する研究は、まさにそこをデータで検証したものです。

出典

  • Gosetto L, Falquet G, Ehrler F. Model to personalize mobiles applications according to the gamification user types for health behavioral change. DIGITAL HEALTH. 2025;11. doi:10.1177/20552076251393402

研究の目的:ユーザータイプごとに「好みの仕掛け」は違うのか?

この横断的研究の目的は、

Hexad Scaleというユーザー類型と、15種類のゲーム/行動変容メカニズムの好みの関係

を調べることです。

研究チームは、先行研究をレビューして作った「選好マトリックス(どのタイプがどのメカニズムを好むかの表)」を持っていました。
今回の実験では、

  • 文献から作ったそのマトリックスは本当に妥当なのか?
  • 実験データから、新しい組み合わせは見つからないか?

を検証しています。

Hexadスケールとは?:6つのゲーミフィケーション・ユーザータイプ

本題に入る前に、今回使われたHexadスケールを簡単に整理します。
Hexadは、ゲーミフィケーション文脈でよく使われる6タイプのユーザープロファイルです。

  1. 慈善家(Philanthropist)
    • 人の役に立つこと、貢献そのものに価値を感じるタイプ
  2. 社交家(Socialiser)
    • 人とのつながりや交流がモチベーションになるタイプ
  3. 自由人(Free Spirit)
    • 自由度・探究・創造性に惹かれるタイプ
  4. 達成者(Achiever)
    • 目標達成やスキル向上に強く動機づけられるタイプ
  5. 遊び人/プレイヤー(Player)
    • ポイントや報酬など、外的なインセンティブに反応しやすいタイプ
  6. ディスラプター(Disruptor)
    • ルールを揺さぶったり、仕組みを変えたりすることに興味を持つタイプ

研究では、この6つを測る24項目(各次元4項目)・7件法の質問票を使い、
それぞれのスコア(4〜28点)で「どの傾向が強いか」を評価しています。


研究デザインと方法

対象者

  • 回答者:214名
    • 女性:118名
    • 男性:89名
    • その他:5名(+無回答2名)
  • 平均年齢:29.42歳(標準偏差 10.41)
  • スマホに慣れている人が多い
    • 「スマートフォンの使用に快適」:95.3%
  • すでにmHealthアプリを使っている人:63.1%

募集は、主にジュネーブ大学の学生を対象に、
SNS(Facebook、Twitter)などを通じて行われました。

調査手順

オンラインアンケート(Qualtrics)で、次の2つのタスクを行っています。

  1. Hexadスケールの記入
    • 24項目の質問に7件法で回答し、6タイプのスコアを算出
  2. 15種類のメカニズムから「やる気が出る」ものを5つ選ぶ
    • 15個のメカニズムを表すモックアップ画面を提示
    • 各モックアップには簡単な説明文付き
    • 参加者ごとに表示順をランダム化(順序効果を防ぐため)
    • **「もっと健康的な行動をとろうと思えるか」**という観点で
      • 一番モチベーションが高まりそうなメカニズムを5つ選ぶ
      • それぞれについて0〜100点で「どれくらい動機づけられるか」を評価
      • 選ばれなかったメカニズムには自動的に0点

※15個のうち必ず5つ選ばせる形式にしたのは、アンケートが長くなりすぎて離脱が増えることを防ぐ目的と、「とりあえず全部高評価」というバイアスを抑える狙いがあります。

分析方法

  • 各メカニズムを「選んだ/選ばない」の二値として、Hexadスコアとの関係をロジスティック回帰で解析
  • メカニズムに付けた動機づけスコア(0〜100)については、順序ロジスティック回帰でHexadスコアとの関係を分析
  • 多重検定による第1種の誤りを避けるため、Bonferroni補正を適用
  • さらに、
    • 文献レビューから作ったマトリックス(M1)
    • 今回の実験で得たマトリックス(M2)
      を比較して、「どこが一致し、どこがズレているか」を検証

結果①:4つのメカニズムは、ほぼ「誰にでも効く」共通エンジン

まず、どのメカニズムがどれだけ選ばれたかを見た結果です(N=214)。

メカニズム選んだ人の数割合
自己監視(Self-monitoring)14969.6%
進捗(Progression)12759.3%
チャレンジ(Challenge)11252.3%
クエスト(Quest)11151.9%
協力(Cooperation)7032.7%
行動のデモンストレーション(Demonstration of behavior)6128.5%
プロンプトとキュー5324.8%
報酬(Rewards)4722.0%
社会的比較4420.6%
コレクション4119.2%
アバター2913.6%
競争2913.6%
社会的支援209.3%
83.7%

特に重要なのは、

  • 自己監視
  • 進捗
  • チャレンジ
  • クエスト

の4つが、参加者の50%以上に選ばれていたことです。

さらに、この4つについては(自己監視を除き)、
Hexadタイプとの明確な関連は見つかりませんでした。

つまり、ユーザータイプに関係なく評価される「共通の仕掛け」

mHealthアプリを設計する際に、まず入れておきたい基本4要素と言えます。


結果②:ユーザータイプごとの「ハマる/ハマらない」仕掛け

次に、Hexadスコアとメカニズム選好の関係を見た解析で、
有意な関係が見つかったのは5つのメカニズムでした。

1. コレクション(Collection)

定義
バッジやアイテムを少しずつ集めていくような仕掛け。

  • プレイヤー(Player)
    • コレクションを選ぶ可能性が高い
    • オッズ比(OR) = 1.11, p < 0.05
  • 慈善家(Philanthropist)
    • コレクションを選びにくい
    • OR = 0.76, p < 0.01

先行研究では、

  • 慈善家もコレクションを好むとされていたのに対し、
  • 今回はむしろ苦手という結果になっており、
    文献マトリックス(M1)との不一致が確認されています。

直感的には、

  • プレイヤー:
    →「バッジが増える」「コンプリートしたい」といった外的報酬に強く反応
  • 慈善家:
    →「自分がどれだけ集めたか」よりも、
    他者への貢献や意味に価値を置くため、
    単なるコレクションには魅力を感じにくい

と解釈できます。

2. 報酬(Rewards)

定義
目標行動を達成したときにポイントや特典を与える仕組み。

  • プレイヤー
    • 報酬メカニズムを選びやすい
      • OR = 1.39, p < 0.01
    • 報酬の「やる気スコア」も高く付ける
      • OR = 1.31, p < 0.01

ここは先行研究と一致しており、

「プレイヤー = 外発的報酬に反応しやすい」

というイメージを裏付ける結果になっています。

3. 自己監視(Self-monitoring)

定義
自分の行動や状態を記録・可視化する仕組み(歩数、体重、睡眠など)。

  • プレイヤー
    • 自己監視を選びにくい
    • OR = 0.88, p < 0.05

面白いのは、

  • 自己監視というメカニズム自体は**69.6%**と非常に人気が高いのに、
  • その中でプレイヤーだけは好みが弱い、という点です。

「記録することそれ自体」よりも、
「それによって何がもらえるのか?」がはっきりしていないと、
プレイヤータイプには刺さりにくい、という示唆になります。

4. 行動のデモンストレーション(Demonstration of behavior)

定義
「ある行動をとったらどういう結果になるか」をシミュレートして見せる仕組み
(例:そのメニューを食べるとカロリーがこう変わる、など)

ここはタイプによってきれいに分かれました。

  • 自由人(Free Spirit)
    • このメカニズムを選びやすい
      • OR = 1.25, p < 0.01
    • 動機づけスコアも高く付ける
      • OR = 1.18, p < 0.05
  • 達成者(Achiever)
    • このメカニズムを選びにくい
      • OR = 0.86, p < 0.05
  • 社交家(Socialiser)
    • 選択傾向はむしろ低い
      • OR = 0.92, p < 0.05(「行動のデモンストレーション」を選ばない方向)

自由人は、

  • 「もしこうしたらどうなるか?」
  • 「自分の選択を試してみたい」

といった探究的な体験を好むため、
シミュレーション系の機能と相性が良いと考えられます。

一方で、達成者や社交家にとっては、

  • より分かりやすい「目標」「進捗」「他者との関わり」の方が魅力的で、
  • シミュレーション自体にはそこまで惹かれない

という可能性があります。


結果③:文献マトリックスとの比較と、新しく見つかった関係

研究チームは、

  • 文献レビューから作ったマトリックス(M1)
  • 今回の実験データから作ったマトリックス(M2)

を比較し、両者の差をM3 という行列として整理しました。

  • 一致(差0):46%(39/84)
  • 差が1ランク分:23%(19/84)
  • 差が2ランク分:13%(11/84)
  • 差が3以上:18%(15/84)

つまり、

  • およそ半分は先行研究と整合的
  • 残り半分は、今回のデータから新しい知見やズレが見つかった

という結果です。

特に、新しくマトリックスに加わった重要な関係として:

  1. プレイヤー - 自己監視(むしろ好まない)
  2. 自由人 - 行動のデモンストレーション(好む)
  3. 達成者 - 行動のデモンストレーション(好まない)

の3つが挙げられます。


職場・社員向けmHealthにどう活かすか(抽象レベルで考える)

ここからは、日本の会社員向けの健康アプリや、企業のウェルビーイング施策に落とし込んで考えてみます。

1. まずは「誰にでも効く4機能」を標準装備に

この研究から分かる「共通エンジン」は次の4つです。

  1. 自己監視(Self-monitoring)
  2. 進捗(Progression)
  3. チャレンジ(Challenge)
  4. クエスト(Quest)

抽象的に言い換えると、

  • 自分の状態が見える
  • 少しずつ前に進んでいる感覚がある
  • 適度なハードルが提示される
  • ストーリーや目的意識のあるミッションがある

という4要素です。

職場の文脈に引き直すと、例えば:

  • 自己監視
    • 歩数・睡眠・ストレス指標・残業時間など、
      自分の「健康リズム」が1画面で見えるダッシュボード
  • 進捗
    • 今週・今月の「自分なりの目標」に対する達成バー
  • チャレンジ
    • 「今週はエレベーターの代わりに階段を使ってみる」
    • 「1日1回は休憩つきで深呼吸」などの小さな行動チャレンジ
  • クエスト
    • 「3週間で睡眠の質を整えるプログラム」
    • 「仕事の合間にできる肩こり改善クエスト」など、
      期間とゴールの見えるストーリー仕立てのプラン

この4つは、社員のタイプを細かく分けなくても入れておいて損がない部分だと捉えられます。

2. Hexadを「ラベリング」ではなく「抽象的なデザイン指針」として使う

Hexadを実務に使うときのポイントは、

「社員を6色にはっきり塗り分けるためのラベル」
ではなく、
複数の傾向が重なり合う中で、どんな仕掛けを厚めに入れるか

を考えるための抽象的なガイドラインとして使うことです。

例えば:

  • プレイヤー傾向が強い人が多い部署
    • ポイント、バッジ、プレゼント抽選など、報酬系メカニズムを厚めに
    • ただし、単なる数値記録だけの自己監視は刺さりにくいので、
      「一定の記録が続くと報酬が得られる」など自己監視×報酬の組み合わせにする
  • 慈善家・社交家が多そうな職場
    • 「チーム全体で◯◯歩歩いたら、会社から寄付」
    • 「ヘルスチャレンジへの参加が、同僚の応援につながる」など、
      貢献・つながりの意味づけを重視する
  • 自由人が多いクリエイティブ職
    • 食事・運動・睡眠などのパターンをいじって、
      「もしこうしたら、体調スコアはこう変わる」という
      **シミュレーション機能(行動のデモンストレーション)**を充実させる

といった具合です。


限界と注意点

研究者自身も、いくつかの限界を挙げています。

  1. 参加者が若く、学生が多い
    • 平均29.4歳、大学関係者中心
    • 一般の職場全体をそのまま代表しているわけではない
    • とはいえ、デジタル介入の研究では「年齢の影響は一貫して強くない」という報告も多く、
      健康アプリの主な利用者層(若年〜中年・高学歴)とは整合的なサンプルでもある
  2. サンプルサイズの制約
    • 事前のパワー分析は行われていたものの、
      15メカニズム × 6タイプという組み合わせを検証するにはやや少なく、
      結果的に有意差が出たのは14メカニズム中5つのみ
  3. Disruptor向けのメカニズムがない
    • 「システムを揺さぶる」「改善提案をする」タイプを引き出す仕掛けは、
      今回の15メカニズムには含まれていなかった
    • そのため、Disruptorについては有意な関係が見つからず
  4. カスタマイズ機能の評価が難しい
    • カスタマイズは範囲が広く、
      単一のモックアップでは十分に表現しきれなかった

まとめ:健康アプリ設計における「抽象的な指針」として

最後に、実務で使いやすい形でポイントを整理します。

  1. まずは「4つの共通エンジン」を押さえる
    • 自己監視・進捗・チャレンジ・クエスト
      → どのタイプにも広く好まれるので、
      社内向けmHealthやウェルビーイングアプリでは標準装備に近い位置づけで考える。
  2. プレイヤーには「報酬+コレクション」、ただし「記録だけ」は弱い
    • 報酬(OR=1.39)、コレクション(OR=1.11)を好む
    • 自己監視単体はやや好まない(OR=0.88)
      → 記録を報酬やコレクションと結びつける設計が効果的。
  3. 自由人には「試せる・いじれる」シミュレーション
    • 行動のデモンストレーションを好み(OR=1.25)、
      動機づけも高い(OR=1.18)
      → 自分の生活パターンをいじって**「もしこうしたら?」を試せる**機能が相性◎。
  4. 慈善家・社交家・達成者は「デモンストレーション」との相性を要注意
    • 慈善家:コレクションをむしろ嫌う(OR=0.76)
    • 社交家:行動デモンストレーションを選びにくい(OR=0.92)
    • 達成者:行動デモンストレーションを好まない(OR=0.86)
      → 「実感のある進捗」「人との関係」「意味のあるゴール」を前面に出す方がよい可能性。
  5. Hexadは「タグ付け」ではなく「設計のレンズ」として使う
    • 社員ひとりひとりにラベルを貼る、というよりも、
      この施策はどのタイプの動機に寄せているのか?
      を考えるためのフレームとして扱うのが現実的。

もっと深く学び、実践したい方へ

このコラムでご紹介したような知見を、第一線の研究者と共に深く学べる研修を開催しています。
講師は、フロー理論や心の資本など、国内外の研究者と共同研究を行ってきた矢野和男が務めます。バラバラに見える心理学的知見を、ウェルビーイングという軸で整理し直すことで、職場や組織に新たな視点が生まれます。
そして、プログラムで得た知見や参加者同士のワークショップを通じて、組織のウェルビーイングリーダーとしてのマインドセットを磨いていただきます。学びを現場へと活かし、組織内のウェルビーイング実践にご興味のある方は、ぜひ参加をご検討ください。

この記事の執筆者

村井康太郎

(株)ハピネスプラネット

カスタマーサクセスアーキテクト

新卒でPwCコンサルティング合同会社に入社後、人事コンサルティング部門にて大手メーカーやサービス企業の人事業務改革やグローバル人事システム、ピープルアナリティクス導入プロジェクトに従事。2021年より株式会社ハピネスプラネットに参画。カスタマーサクセスの改善の他、システムやサービスの開発に奮闘中。趣味は読書とトライアスロン。