働く女性が抱える「見えにくい不調」
「体調に波があり、仕事がつらい…」「疲れているのに、休めない…」
そんな声に心当たりがある方も多いのではないでしょうか。
日本では女性の就業率が上がり続け、20〜64歳の女性の73%以上が働いています。
しかし、社会の制度や職場環境は、まだまだ女性の身体やライフステージにやさしいとは言えません。
体調に関する悩みを抱えながらも、「周りに迷惑をかけたくない」と我慢して働く女性たち。彼女たちの健康を支える手段として、近年注目されているのが「デジタルヘルスツール」です。スマートウォッチやアプリで体調を記録し、健康管理につなげようというものですが、果たして現場で本当に役立っているのでしょうか?
今回紹介するのは、2025年に発表された論文
「Working women’s perceptions and expectations of digital health tools for personal health management」(著:笹山ら、東京大学・聖路加国際大学ほか)。
この研究では、パン職人・看護師・長距離トラック運転手・教師・客室乗務員・政治家など、心身に負担の大きい職種の女性17人を対象に、Zoomで個別インタビューを実施。
「どんな健康課題があるか」「デジタルヘルスをどう使っているか」「どんな機能を求めるか」を丁寧に聞き取りました。
出典
- Sasayama K, Saso T, Egawa Y, et al. Working women’s perceptions and expectations of digital health tools for personal health management: A qualitative study. DIGITAL HEALTH. 2025;11. doi:10.1177/20552076251379747
実験概要
- 対象者:20〜64歳のフルタイム勤務女性17名
- 職種:製造・運輸・医療・教育・政治など多様な分野
- 地域:関東、関西、中部、九州(都市・地方を含む)
- 方法:Zoomインタビュー(平均37分)+内容分析
- 目的:デジタルヘルスツールの「使われ方」と「理想像」を探る
結果:5つのテーマに見える“健康とテクノロジーのギャップ”
1. 月経・ホルモン変化と職場の板挟み
多くの参加者が、月経に伴う痛み・倦怠感・感情の波を訴えました。
しかし、「周りも我慢している」「迷惑をかけたくない」と言えずに出勤するのが現実です。
トイレに行く時間さえ取れない職場もあり、「漏れるのでは」と不安を抱えたまま働く人も。
「生理痛でつらくても、みんな我慢してると思って言い出せない。
結局、薬を飲んで無理して出るしかない」(ID12・看護師)
生理休暇は法律上存在していても、実際に使える人はごくわずか。
「制度はあるけど、使いづらい」という日本特有の構造的問題が見えました。
2. 「健康に気をつけたいけど、時間がない」
健康管理に前向きな人もいましたが、忙しさが最大の壁でした。
「運動より休みたい」「家事と育児で精一杯」「食生活も乱れがち」。
こうした声は特に30〜40代で顕著でした。
「仕事の日は精一杯。休みの日は寝たい。
そうしているうちに、気づいたら体重も体調も悪化していました」(ID9・会社員)
3. デジタルツールは便利だけど「続かない」
多くの参加者がApple WatchやLunaLunaなどを使った経験がありました。
目的は生理管理、歩数・睡眠・心拍の記録など。
しかし、使い続けるのは難しいという意見が目立ちました。
- 入力が面倒:「毎日食事や睡眠を記録するのが負担」
- 通知ストレス:「『運動不足です』と表示されると責められている気がする」
- 職場で使えない:看護師やCAなどは業務中の機器使用が制限される
- データ流出への不安:生理や妊活の情報が職場に知られるのでは?という懸念
「健康管理アプリに全部入力するのは、監視されている気がして嫌。
結局、途中でやめてしまう」(ID1・会社員)
4. 職場制度は「あるけど使えない」
企業によっては女性向け健康支援制度(キャリア相談・婦人科検診など)があるものの、
「人手不足で使えない」「同僚に迷惑をかけたくない」という理由で活用できない現状がありました。
「うちは生理休暇OKだけど、授業があると休めない。
制度があっても“実質使えない”んです」(ID17・教師)
一方で、少数ながら「安心して休める」「上司が理解してくれる」職場もあり、
環境次第で女性の健康体験が大きく変わることが示唆されました。

5. 未来のFemTechに求められること
働く女性たちが望む理想のツールは、次のようなものでした。
| 欲しい機能 | 内容例 |
|---|---|
| シンプル操作 | 入力不要・自動記録・わかりやすいUI |
| カスタマイズ性 | 通知の頻度・表示内容を自分で選べる |
| オールインワン化 | 生理・睡眠・運動・美容など一括管理 |
| プライバシー保護 | 職場に知られず安全に使える設計 |
| 職場連携 | 健康支援制度やEAPと連携できる仕組み |
30〜40代の女性ほど、美容やメンタルを含めた「トータルケア」への関心が高く、
50代以降は「使い方が難しい」「設定が面倒」といったデジタルリテラシー格差も明らかになりました。
考察:ツールだけでは解決できない“職場の構造”
論文では、「デジタルヘルスを活かすためには、職場の理解と制度が欠かせない」と結論づけています。
つまり、“個人の努力”だけでは限界があるということです。
海外では、VodafoneやChannel 4(英国)が更年期対応ポリシーを導入し、
上司向けガイドラインや社内教育を進めています。
日本でも、EAP(従業員支援プログラム)や健康経営の一環として、
FemTechを取り入れる動きが始まりつつあります。
働く私たちにできること
- 「つらい」を言葉にする勇気を持つ
「生理だから」「更年期だから」と言いにくい職場文化を変えるのは、声を上げることから。 - ツールを“完璧に使う”より、“気づきのきっかけ”として使う
毎日入力しなくても、体調の波を知るだけで一歩前進。 - 職場に小さな提案をしてみる
「このアプリを導入しませんか」「トイレに生理用品を置けませんか」など、
現場発の小さな改善が文化を動かすこともあります。
まとめ:「テクノロジー×共感」で、働く女性を支える社会へ
この研究は、FemTechを“女性の味方”にするための課題を明確にしました。
それは、技術的な進化だけでなく、使う人と支える環境の進化も必要だということです。
健康管理は「個人の努力」ではなく、「組織の責任」へ。
デジタルヘルスは、その橋渡し役になり得ます。
職場での理解、使いやすい設計、安心できるプライバシー。
それらがそろって初めて、テクノロジーは“働く私たちの味方”になるのです。
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