はじめに
今回ご紹介する研究は、従業員向けのアンケート調査をもとに、どんな要素が働く人のWell-beingに影響しているのかを探り、それらの関係性を「見える化」することを目指したものです。
出典
- T.Owada, K.Yamashita, Y.Sato, T.Maeno, Y.Motomura: Visualization of Inter-Item Dependency and Importance in Employee Surveys on Well-being
The 38th Annual Conference of the Japanese Society for Artificial Intelligence,2024 https://www.jstage.jst.go.jp/article/pjsai/JSAI2024/0/JSAI2024_1O3GS1103/_pdf/-char/ja
なぜこのテーマを取り上げたのか?
私たちの「幸せ」や「心の健康(Well-being)」は、多くの因子が複雑に関係しあって決まるものです。そのため、「〇〇をすれば幸せになれる」といった単純な考え方では、職場などで実際に役立つ対策を考えるのは難しいところがあります。
また、職場の部署や仕事内容、あるいは時間の流れによっても結果が変わることがあるため、これまでよく使われていた分析方法(単回帰や因子分析)では限界がありました。
この研究では、職場で行ったアンケートのデータを「ベイジアンネットワーク」という手法で分析し、従業員の幸せにどんな要因が関係しているのか、そのつながりを見える形にしています。そうすることで、組織としてよりよい職場環境をつくるためのヒントが得られると考えています。
ベイジアンネットワークとは?
ベイジアンネットワーク(Bayesian Network) とは、「あることが起きたら、そのあとに何が起こりやすいか」について、グラフ構造を使って分析する手法です。ノード(点)がものごとを表し、エッジ(矢印)でそれらの因果関係を示します。例えば、「雨にうたれる」→「風邪をひく」→「発熱する」といった流れを図で表現し、さらに実際に雨に打たれたときに、風邪を引いたり発熱するかを確率値で示すことができます。

この手法は、たくさんの要素が入り組んでいるような場面で、「何がどう関係しているか」「〇〇が起きたら、××がどのぐらいの確率で起きるか」を丁寧に見ていくのに向いています。
分析の内容
研究では、はぴテック社の幸福度診断サービス「Well-Being Circle(ウェルビーイング・サークル)」を自社の従業員向けに実施したアンケートのデータを活用しています。これは、7段階で答える72の質問から、34の項目についてその人の幸福度を測ることができるものです。例えば、「信頼できる職場の雰囲気」「自分の強みに自信があるか」「健康状態」「人との関わり」など、多くの要素が含まれています。
ベイジアンネットワークを用いてアンケートの項目間の関係を可視化し、「総合的な幸福度」に対してどの項目がどの程度影響を与えるかを分析しました。
結果
分析の結果、「信頼関係のある職場の雰囲気」,「BigFive 性格傾向:エネルギッシュ力」,「人生満足尺度」 の3つが、従業員の総合的な幸福感に特に強く関係していることがわかりました。
これらの関係性はどの期間のデータを見ても一貫しており、企業が従業員のWell-beingを高めるには、この3つの要素を特に大切にすることが効果的だと考えられます。
つまり、「この会社で安心して働ける」「元気でイキイキしている」「自分の人生に満足している」という感覚が揃っている人ほど、全体的な幸福度も高くなるということです。

「信頼関係のある職場の雰囲気」 は会社として施策を打ちやすい項目であることも踏まえると重要な項目と考えられます。
「BigFive 性格傾向:エネルギッシュ力」 は, 幸福感との相関が最も大きいことが事前分析で分かっており,さらにあるモデルではこの項目の親として「なんとかなる力:挑戦力」が現れており,日常の様々な場面で挑戦意欲を発揮できることが活気につながることがわかります。
「人生満足尺度」 は「ポジティブ感情」と「社会的地位」ともつながっており、前向きな感情や地位への満足が人生全体の満足度に影響すると考えられます。
今回のネットワークにおいて、全てのノードに共通する祖先が見つかっており、それは 「ありがとう力:許容力」 です。「祖先」とはあるノードから矢印を親方向にたどってたどり着くノードのことで、つまり全項目の根底には、“ありがとう力(他者を受け入れる許容力)”という、全体を支える中心的な要因が存在していることが推測されます。

なおベイジアンネットワークは要因同士のつながりだけでなく、確率値を計算することで影響の大きさを定量的に評価できます。本論文では言及がありませんが、今後の施策の効果予測にも活用が期待されます。
まとめ
この研究は、単に「誰がどれだけ幸せか」を測るだけでなく、「何が幸せに影響しているのか」を具体的に見つけ出すことを目的としています。そして、その結果を活かして企業がよりよい職場づくりを行えば、働く人が元気になり、会社全体の活力も高まっていくはずです。
