仕事に追われ、ストレスがたまりがちな日常。そんな中でも「小さな幸せ」を感じた瞬間、ふっと気持ちが軽くなった経験はありませんか?
たとえば――
・朝の静けさの中で飲む一杯のコーヒー
・通勤途中に見上げた青空
・仕事終わりに観るお気に入りのドラマ
・誰かとのたわいない会話や、湯船に浸かった瞬間
こうした日常の中でふと訪れる「小さな確かな幸せ(micro-happiness)」が、私たちのウェルビーイング(主観的幸福感)に与える影響を、本研究では実証的に検証しています。
出典
- Miwa, K. Small but Certain Happiness in Daily Life: Structure and Relation with Well-Being. J Happiness Stud 26, 63 (2025). https://doi.org/10.1007/s10902-025-00896-2
本研究の背景と目的
名古屋大学の三輪教授による研究では、村上春樹氏が提唱した「小確幸(しょうかっこう)」という言葉にヒントを得て、日々の中で繰り返されるささやかな幸福体験が、人生全体の満足度やポジティブな感情にどう関係しているのかを明らかにしようと試みました。
特に注目したのは、「頻度」と「確実性」という2つの視点です。
- 頻度:その出来事が日常的にどれだけ繰り返されるか
- 確実性:それがどれだけ「必ず起こる」と感じられるか
そして「結婚」「失業」「昇進」などの人生の大きなイベント(ライフイベント)と比べて、日々の小さな出来事がどのように幸福に寄与しているのかを比較検討しました。
「小さな幸せ」は6つの因子で構成される
まず、600名以上の調査参加者の回答をもとに、日常で感じる幸福な出来事を分類したところ、「小さな幸せ」は以下の6つの因子に集約されました。
- 自然とのふれあい(例:公園を散歩する、植物を育てる)
- 親しい人との時間(例:家族との食事、友人とのおしゃべり)
- 娯楽メディアとの関わり(例:映画や音楽、漫画)
- パーソナルなリラックス(例:一人の時間、夜ふかし、昼寝)
- 日常的な家事・運動(例:掃除、洗濯、筋トレ)
- 飲酒(例:晩酌、仕事終わりの一杯)
これらの出来事は、一回一回のインパクトは小さいものの、頻繁に繰り返されることで、確かな影響を心にもたらす「積み重ね型の幸福」として機能しています。
ライフイベントよりも日常の方が幸福に影響大?
次に、研究では804人を対象に、以下の比較が行われました。
- 調査の内容:
- ライフイベントの経験有無
― 結婚・離婚・昇進・失業など13種類の「人生の大きな出来事」 - 日常の小さな幸せ(micro-happiness)の頻度と確実性
― 例:自然とふれあう、友人と過ごす、一人でリラックス、など6つのカテゴリ・17項目 - 幸福度(3つの指標)
- 人生満足度(SWLS)
- ポジティブ感情(SPANE)
- ネガティブ感情(SPANE)
- ライフイベントの経験有無
その結果、次のような違いが明らかになりました:
幸福度の指標 | ライフイベントの影響(増加率) | 小さな幸せの影響(増加率) | 両方入れた場合の小さな幸せの追加的効果 |
---|---|---|---|
人生満足度 | +7.2% | +12.0% | +10.1%(ライフイベント以上) |
ポジティブ感情 | +4.2% | +14.1% | +14.1%(最も大きな効果) |
ネガティブ感情 | +5.2% | +3.5% | +3.4%(やや小さいが効果あり) |
増加率は、統計モデルの説明力を示す 決定係数(R²) の変化を指しており、「基本モデル(年齢や性別などの基本情報だけを使ったモデル)」と比べて、どれだけ予測精度が上がったかを表しています。
とくに効果の大きかった「3つの幸せ」
研究の中でも特に以下の3つの要素が、幸福度と強く関連していました。
1. 親しい人との時間
家族や友人との交流は、幸福感をもっとも高める要因でした。
「誰かとごはんを食べる」「他愛ない話をする」といった日常的な交流が、メンタルの健康を支える根幹になります。
2. パーソナルなリラックス
一人で過ごす時間の価値も大きく、「誰にも邪魔されずにゆったりできる時間」が、ポジティブ感情に大きく貢献していました。
3. 自然とのふれあい
自然の中に身を置くことは、感情の回復やストレスの軽減に効果があります。ただし、自然とのふれあいは同時に“ネガティブ感情も喚起する”という興味深い結果も出ています。これは日本文化に根ざす「もののあわれ」や「わび・さび」に起因している可能性が指摘されています。

日常の「確実性」は幸福と関係ある?
「この小さな幸せはいつも体験できる」という「確実性」も、幸福度に寄与するのではないかと期待されましたが、実際には影響は小さかったという結果に。
実際の幸福度への影響は、「確実にあるか」よりも「どれだけ頻繁に体験しているか」に強く依存しているようです。
まとめ:小さな幸せを意識しよう
本研究のメッセージはシンプルです。
「人生の幸福は、日常の小さな積み重ねの中にこそある」
日々の中で起こるささやかな出来事――
・朝の散歩、
・家族との食卓、
・好きな音楽に浸るひととき、
・掃除の後のスッキリ感、
・気心知れた仲間との乾杯
こうした「確かな小さな幸せ」に気づき、味わい、増やしていくことが、豊かな人生につながっていきます。
忙しい会社員の皆さんにとっても、仕事やキャリアの成功だけでなく、こうした小さな習慣が心のゆとりと笑顔を生むカギかもしれません。
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