働く時間が人生の多くを占める私たちにとって、「仕事」と「私生活」は切っても切り離せない存在です。
とはいえ、こんな疑問を持ったことはありませんか?
「仕事がうまくいけば、プライベートも充実する」
「いや、人生が満たされてこそ、仕事も頑張れる」
結局のところ、どちらが先に整うべきなのでしょうか?
そんな永遠のテーマに、ハーバード大学らの研究チームが実証的な答えを出しました。彼らは、メキシコのアパレル工場の労働者たち約950人を対象に1年にわたって調査を行い、「仕事と人生の幸福の因果関係」に迫りました。
出典
- Weziak-Bialowolska, D., Bialowolski, P., Sacco, P. L., VanderWeele, T. J., & McNeely, E. (2020). Well-Being in Life and Well-Being at Work: Which Comes First? Evidence From a Longitudinal Study. Frontiers in public health, 8, 103. https://doi.org/10.3389/fpubh.2020.00103
実験概要:何をどう測ったのか?
この研究では、以下の6つのウェルビーイング(幸福)の要素について、仕事と人生それぞれの視点からデータを集めました。
- 満足度(job satisfaction / life satisfaction)
- 幸福感(happiness at work / happiness in life)
- 意味(meaning at work / meaning in life)
- 目的意識(purpose at work / purpose in life)
- 人間関係(social connections at work / in life)
- メンタルヘルス(depression at work / in life)
同じ人に2回(1年おき)アンケート調査を行い、「人生の満足が先に高かった人は、1年後に仕事の満足も上がったのか?」「逆はどうか?」といった因果関係を検証しました。
結果:双方向に影響があるのは、満足度と幸福感
1. 人生の満足度と仕事の満足度は“お互いに”影響し合う
- 人生の満足度が高いと、1年後の仕事満足度も高まりやすい
- 一方で、仕事の満足度も人生に影響するが、その効果はやや弱め
2. 幸福感も双方向に影響し合う
- 仕事での幸福感が、プライベートの幸福感に影響している。その逆もある。
- ただし、こちらは影響の強さが非対称で、職場での幸福感がプライベートに与える影響の方が強いかもしれません。
3. 他の4つは「一方向のみ」の影響
- 人生→仕事
・意味(Meaning in life → Meaning at work)
・メンタルヘルス(Depression in life → Depression at work) - 仕事→人生
・目的意識(Purpose at work → Purpose in life)
・人間関係(Social connections at work → Social connections in life)
考察:なぜ「一方向のみ」の影響だったのか?
すべての要素が双方向に影響し合うわけではなかったことは、とても興味深い点です。
研究チームは、影響の「向き」に違いが生まれた理由について以下のように解釈しています。
▶ 意味は「人生側」が源だから
「意味」は、人生観や性格、精神的な傾向と深く結びついている要素です。
「人生に意味がある」と感じている人は、その感覚を職場にも自然と持ち込む傾向があります。
しかし、逆に「仕事に意味がある」からといって、「人生に意味が見いだせる」とまではならない。
これは、“人生が土台になっている”という意味で「トップダウン・モデル」として説明されます。
▶ 目的意識や職場の人間関係は“環境の力”が強い
一方、「仕事→人生」に影響を与えていたのが「目的意識」と「人間関係」でした。
これは、職場でのポジティブな経験が「自分の人生に対する感覚」にまで良い影響を与えることを示しています。
たとえば:
- 目標を持って仕事ができていると、自分の人生にも“目指すもの”を感じやすくなる
- 職場に気の合う仲間がいると、人生全体での孤独感も和らぐ
つまり、職場は私生活に“波及”する可能性のある環境であり、その影響が人生の実感にまで及ぶというわけです。
▶ 職場のつながりは「持ち帰れる」が、私生活のつながりは職場に入りにくい
職場で良好な人間関係があると、そのままプライベートにも「良い人間関係を持っている」という実感が生まれます。しかし、プライベートの友人関係が良いからといって、それが職場の人間関係を良くするとは限りません。
職場では同僚を選べないため、「外のつながり」が職場に影響する範囲は限られているのです。
▶ 人生全体のメンタルヘルスは「職場にも持ち込まれる」
メンタルヘルスが「人生→仕事」でのみ有意な因果関係であったことは、直感的には違和感を持つかもしれません。
今回の研究では、以下の設問が使われています。
- 「過去30日間で、メンタル的に不調だった日は何日ありましたか?」(人生全体のメンタルヘルス)
- 「仕事中に気分が沈んでいたことがありましたか?」(仕事でのメンタルヘルス)
つまり、この研究では、「人生のメンタルヘルス」は生活全般での慢性的な気分の落ち込み
に対して、「職場でのメンタルヘルス」は仕事中に感じた一時的・表面的な落ち込みを測定しており、スコープが異なっています。
慢性的なうつ状態は、朝起きた瞬間から夜寝るまで続くものです。
そのため、職場に来たからといって急に元気になることはなく、そのまま仕事中にも反映されてしまうのです。
一方、職場のストレスや気分の落ち込みがあっても、
- 仕事が終わったら切り替える
- 家では趣味や家族と過ごしてリフレッシュする
といった「回復のルーティン」がある人も多く、仕事での一時的なメンタルの揺れが、人生全体のうつ状態にはつながりにくい可能性があります。
まとめ:どちらか一方ではなく、両方からのアプローチを
この研究の結論はシンプルです。
「人生の幸福と仕事の幸福は、つながっている」
「でも、そのつながり方は一様ではなく、項目によって異なる」
特に日本の会社員にとって、仕事は人生の大きな割合を占めます。だからこそ、職場の環境や働き方改革も大切です。しかし、それと同じくらい、自分の「人生」全体を整えることが、仕事の質にも跳ね返ってくるのです。
「職場に笑顔を増やしたい」と思ったら、まずは自分の毎日に、小さな喜びや意味を見出すことから始めてみてはいかがでしょうか。