前回は、Cyberballというキャッチボールゲームを使った実験から、社会的排斥が脳に「苦痛」として自動的に認識されることをご紹介しました。この反応は、人類が集団生活を通じて利益を得てきた進化の過程で獲得したものと考えられています。
ここで、このような仮定に挑戦する興味深い疑問が生まれます。仲間外れは通常、不利益をもたらすものとして考えられていますが、もし逆の状況ではどうでしょうか。
例えば、給料は高いものの仲間意識は薄く、疎外感を感じるような職場があるとしましょう。あるいは、長年良好な人間関係を築いてきた職場を、高額な早期退職金と引き換えに去る選択を迫られるケースもあるでしょう。このような時に、金銭的な利得から合理的に判断することで仲間外れの苦痛は緩和されるのでしょうか。それとも、損得計算とは無関係に、やはり仲間外れの痛みを感じてしまうのでしょうか。
この疑問に答えるため、研究者のvan Beest氏とWilliams氏は、Cyberballゲームに金銭的利得の条件を加えた画期的な実験を行いました。これは、人間の意思決定において最も強力な要因の一つである金銭的利得と、社会的排斥の影響を直接比較する試みでした。
出典
- Van Beest, I., & Williams, K. D. (2006). When inclusion costs and ostracism pays, ostracism still hurts. Journal of personality and social psychology, 91(5), 918.
https://doi.org/10.1037/0022-3514.91.5.918
研究者たちは、大学の学生135人を対象に利得条件と損失条件があるCyberballゲームを行いました。
・利得条件:ボールをもらうたびに50ユーロセント(約80円)を得る
・損失条件:ボールをもらうたびに50ユーロセント(約80円)を失う
そして、疎外条件(最初2回ボールをもらってからボールが回って来ない)と包含条件(全体の1/3をもらう)でそれぞれ実験を行いました。Cyberballゲームについてさらに詳しく知りたい方は、こちらの記事をお読みください。

実験結果は利得から排斥の影響が緩和するのではないかという直感とは反するものでした。仲間外れにされた参加者は、たとえ金銭的な報酬を得られる場合でも、一貫して否定的な反応を示したのです。具体的には、所属感、自尊心、コントロール感、存在の有意味性といった基本的欲求が低下し、気分がネガティブになることが報告されたのです。
さらに行われた実験からは、処罰的な関心を受けることよりも、排斥された状態のほうがより否定的な反応を引き起こすことが確認されました。この実験では、報酬をゲームの終了時点で最終的にボールを持っている人に利得・損失があるように変更し、過度な包含条件、つまり常に他の人からボールをもらう条件を追加した検証を行いました。そして、その結果、損失ゲームで常にボールをもらい持続的に損失の危険にさらされた参加者よりも、疎外された参加者のほうにより否定的な影響が確認されたのです。
これらの結果は、社会的排斥への反応が合理的に利得を分析する認知的判断以前の段階で反射的に生じるより原初的な反応であり、排斥されることが処罰的な関心を受けることよりも否定的影響があるケースを示しています。

まとめ
この発見は、現代社会において重要な意味を持ちます。私たちは多くの場合、仕事や人間関係を金銭的価値や合理性で判断する傾向にありますが、社会的排斥への反応は、認知的処理に先立って反射的に働くもう一つの重要な判断の軸として存在しているのです。
些細な情報共有の漏れ、飲み会や食事会に誘われない、挨拶の欠如など、日常的に起こりうる社会的排斥は、たとえ合理的な理由があったとしても、人々の所属感、自尊心、そして存在の意味にまで影響を及ぼします。このことは、私たちが組織や人間関係を考える際に、金銭的価値とは異なる軸として、社会的相互作用や関係性の質を重視する必要性を示唆しています。
そして、関係性が強く、安定している集団に属している人ほど、排斥の自動的な悪影響を受けにくいということが分かっています。次回は、社会的ネットワークと排斥への反応の関係を調査した研究を紹介します。
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