職場で人と仲良くなるには?-段階的な自己開示の効果-

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職場の人間関係が労働生産性や職場の満足度に大きく寄与していることは、過去の研究でも広く知られています。近年では、ハーバード大学による幸福に関する長期研究(ロバート・ウォールディンガー教授の『グッド・ライフ 幸せになるのに、遅すぎることはない』)で「よい人間関係」の重要性が再び注目されるなど、仕事においてだけでなく、幸せにとっても人間関係が大きな役割を果たしていることが明らかになっています。

しかし、いざ職場で同僚や上司・部下と仲良くなろうとしても、「どうやって距離を縮めればいいんだろう?」と戸惑う方は多いのではないでしょうか。筆者自身、職場では周囲との距離感が掴みにくく、どのタイミングで踏み込んだ話をしていいのか悩んだ経験があります。

そこで今回は、「人と親密になるにはどうしたらよいのか?」という疑問に対して、一つのヒントを与えてくれる有名な心理学実験をご紹介したいと思います。通称「36の質問」と呼ばれるこの実験は、「短時間で人間関係が深まる」という触れ込みでSNSやメディアでもしばしば紹介されることがあります。実際にはどのような手続きを用いて“親密感”を測定・検証したのか、その概要をわかりやすく解説していきます。

出典

  • Aron, A., Melinat, E., Vallone, R. D., & Bator, R. J. (1997).
    The experimental generation of interpersonal closeness: A procedure and some preliminary findings.
    Personality and Social Psychology Bulletin, 23(4), 363–377.

実験概要:短時間で“親密感”を作り出す方法とは?

Aronらの研究チームは、「互いに自己開示(パーソナルな情報を開示する)をするプロセスが、いかに短時間で人間関係を親密にしうるのか?」という問いを設定しました。実験の目的は、ごく短い時間のやり取りでも、お互いが段階的に自己開示をすれば、“親密感”が高まるのかを確かめることでした。

被験者とグループ分け

  • 参加者の属性
    大学生を中心とした男女、または同性同士のペア50組。
  • 実験条件と対照条件
    参加者は2人1組のペアに分けられ、実験条件(36の質問を交互に行う)と、対照条件(ごく一般的な会話、いわゆる「雑談」に近い質問リスト)に振り分けられました。どのペアが実験条件になるかはランダムに決められ、被験者自身は「これから何をするのか?」という目的を明確には伝えられていません。

実験の手続き

  1. 2人1組で対面
    初対面同士の男女ペア、または同性同士のペアで着席し、互いに相手と話し合う指示が与えられます。
  2. 36の質問を「自己開示」の度合いによって「段階的」に3つのセットに分けて交互に問いかける
    • セット1は比較的ライトな話題(たとえば「理想の1日はどんなふうに過ごす?」など)
    • セット2はややプライベート度が上がる質問(子どもの頃のエピソードや、人生観に関する内容など)
    • セット3では深い個人的価値観や感情に踏み込む質問(「あなたにとって家族とは?」など)
      質問が進むにつれて、徐々に親密度を高めるコミュニケーションを促す設計となっています。
      それぞれのセットには所要時間が設定され(たとえば各セット15分ずつなど)、指示に従って交互に回答するのがルールです。
  3. アイコンタクト
    すべての質問が終わったあと、数分間(論文では4分程度とされています)、互いの目を黙って見つめ合う時間が設けられました。日常生活ではほとんど経験しない状況ですが、「じっと相手を見つめ、相手からも見つめられる」という相互作用がいっそう親密感を高めるのではないか、という仮説に基づいたステップです。

一方の対照条件では、個人的な話題をあまり含まないごく一般的な会話の話題(ニュースや雑談レベルの質問)が用意され、同じ時間配分でおしゃべりを行いました。

実験で使われたアンケートと測定方法

実験の前後で、被験者がどの程度“親近感”や“相手に対する好意”を感じたかを測定するためのアンケートが実施されました。

  • 親密度の評価
    • たとえば「あなたは相手とどのくらい親密になったと感じますか?」という主観的評価を7段階~9段階のリッカート尺度で回答。
    • 「もし機会があれば、プライベートでも相手との交流を続けたいと思うか?」など、将来的な交友意欲を問う質問も含まれていました。
  • 自己開示量・満足度
    • 会話においてどの程度、個人的な情報を開示したと感じるか、また開示することへの抵抗感はどの程度か、といった質問。相手が自身を理解してくれたと思うか、あるいは相手の開示が自分にとってどれほど興味深かったかなど、双方向の開示に対する満足度も測定。

こうした質問に回答してもらうことで、「段階的な自己開示」を取り入れたペアと、「雑談のみ」を行ったペアの間で、どのような差異が生じるかを比較しました。

実験結果:想定以上に高まった親密度

親近感のスコア

「36の質問+アイコンタクト」を行ったペアは、単なる雑談をした対照ペアと比べて、有意に高い親密度スコアを報告しました。

  • 統計的には、質問に応じたスケールの平均値(例:1〜7点のうちの平均など)を比較した際、p値が0.01以下という有意差が観察されました。
  • また、実験後のフォローインタビューでも、「相手と打ち解けたと感じる」「もっと話をしてみたいと強く思う」といった声が多く挙げられました。

長期的な交友・親密関係の報告

論文内では、実験終了後にも自主的に交流を続けたペアが一定数いたことが紹介されています。なかには後に恋人関係や結婚に至ったケースのエピソードも有名です。もちろん、すべてのペアがそうなるわけではありませんが、「意図的・段階的な自己開示」という短時間のやり取りが、予想以上に深い“絆”を生む可能性を示唆する興味深い事例と言えるでしょう。

段階的な自己開示の効果:バランスの大切さ

Aronらは「自己開示」を行う際、一方的にならないことが重要だと指摘しています。片方だけが深い話題を語りすぎたり、逆に一方だけが全く踏み込まなかったりすると、居心地の悪さや不公平感が生まれかねません。

  • 自己開示のレベルを“同調”させながら話を進める
    • 相手が少し踏み込んだ話をしてくれたら、自分もやや踏み込んだ話を返す、といった具合に、“段階的に”双方の開示レベルを合わせていくことが理想的とされています。
  • 信頼を醸成するプロセス最初は当たり障りのないライトな話題からスタートし、相手の反応を見つつ、少しずつ個人的なエピソードや価値観を共有していくことで、警戒や緊張を和らげながら相互理解を進める効果が期待できます。

まとめ:関係を深めるヒントは「段階的自己開示」にあり

Aronらの研究から示唆されるのは、「短時間でも適切なステップを踏めば、人と親密になれる可能性がある」という点です。具体的には下記のようなポイントが挙げられます。

  1. ライトな会話からスタートし、徐々に深める
    36の質問のように、はじめは気軽な話題を設定して相手の雰囲気を掴む。そこから少しずつ個人的なエピソードや価値観に触れていくことで、相手に対する理解と安心感が同時に育まれる。
  2. 双方向での開示バランスを意識する
    一方的に喋りすぎたり、逆に全く話さなかったりするのではなく、お互いに同程度の深さで“自己開示”を行うことで、スムーズに親密度が高まる。
  3. アイコンタクトや非言語的コミュニケーションを活かす
    実験では4分間の相互の見つめ合いが導入されましたが、普段の会話でも相手の目を見たり、相槌や仕草などの非言語的な要素を大切にすることで、より深い相互理解を得やすくなる。

日常的な雑談の中で「36の質問」をそのまま再現するのはやや大げさかもしれませんが、段階的な自己開示を取り入れ、双方向に適切な深度で進めていくことが、職場でもプライベートでも人間関係を深めるうえでの大きなヒントになるはずです。

最近ではリモートワークやオンライン会議の普及によって、相手と直接対面する機会が減っている職場も多いかもしれません。そのためこそ、限られた会話やコミュニケーションの時間をいかに“効果的”に使って親密度を高めるかは、今後ますます注目されるテーマになるでしょう。チームビルディングや研修、ワークショップなどでも、この研究のエッセンスを取り入れてみると面白いかもしれません。

職場においても、家族・友人関係においても、心の距離を縮めるカギは「段階的かつバランスのよい自己開示」にあるといえそうです。

実は、ここでご紹介した理論は、私たちの自社サービス開発にも生かされています。私たちのサービスは単なる理論紹介にとどまらず、実際に『自己開示を促し、職場の親密性を高める』ための機能を備えています。もし、「理論はわかったけど、どう実践したらいい?」と感じたら、ぜひ一度、弊社のサービスを試してみてください。

付録:親密性を高めるための36の質問リストと対称条件

セット1

  1. 世界中の誰でも夕食に招待できるとしたら、誰を選びますか?
  2. 有名になりたいですか?その理由は?
  3. 電話をかける前に、話す内容を練習することはありますか?なぜそうするのですか?
  4. 理想的な一日とはどのようなものですか?
  5. 最後に自分自身に歌を歌ったのはいつですか?他人に歌ったのはいつですか?
  6. 90歳まで生きるとして、最後の60年間を30歳の心または体で過ごせるとしたら、どちらを選びますか?
  7. 死因がわかる秘密を持っているとしたら、知りたいと思いますか?
  8. あなたと相手が共通していると思うことを3つ挙げてください。
  9. 人生で最も感謝していることは何ですか?
  10. 子どもの頃の夢をかなえることができるとしたら、それは何で、なぜ実現していないのですか?
  11. あなたの人生を4分間でできるだけ詳細に話してください。
  12. 明日起きたときにどんな新しい能力や特性を得たいと思いますか?

セット2

  1. 水晶玉が自分の人生、未来、その他何でも真実を教えてくれるとしたら、何を知りたいですか?
  2. 長い間やりたいと思っていることは何ですか?それをやっていない理由は?
  3. あなたの人生で最も大きな達成は何ですか?
  4. 友情で最も大切だと思うことは何ですか?
  5. もし突然この世を去ることになった場合、人生を振り返って後悔することはありますか?それは何ですか?
  6. 友情とは何だと思いますか?
  7. 愛やスキンシップは人生においてどんな役割を果たしますか?
  8. パートナーのポジティブな特徴を5つ挙げて共有してください。
  9. 家族との関係性についてどう感じていますか?幼少期は他の人と比べて幸福だったと思いますか?
  10. 両親との関係について話してください。

セット3

  1. 「この部屋の中で共通しているものを3つ挙げてください」のような、真実に基づくステートメントを3つ作成してください。
  2. 「私が誰かと共有したいと思っていることは〇〇だ」という文を完成させてください。
  3. あなたが親友になるとしたら、相手が知るべき重要なことは何ですか?
  4. お互いに、あなたが好きなところを伝えてください。
  5. 恥ずかしかった経験を相手に共有してください。
  6. 最後に泣いたのはいつですか?それは他人の前、それとも一人ですか?
  7. 自分自身の良い点を1つ話してください。
  8. 冗談が許されない話題は何ですか?
  9. 話す機会がなかったが後悔している出来事を共有してください。
  10. 火事が起き、家族とペットは安全です。1つだけ持ち出すとしたら何を持っていきますか?
  11. 死後についての考えや希望を話してください。
  12. 目の前の相手に正直に伝えたいことは何ですか?
  13. 家族の中で、最も死を受け入れがたいと思う人物は誰ですか?その理由は?
  14. 個人的な問題を1つ共有し、相手にその問題への対処方法についてアドバイスを求めてください。また、その問題に対してどのように感じているのかについて、相手にフィードバックを求めてください。

以下は、対照条件で用いられた、雑談用の質問リストです。

セット I

  1. 最後に1時間以上歩いたのはいつですか?どこに行き、何を見ましたか?
  2. これまでに受け取った最も良い贈り物は何ですか?また、カリフォルニア州で一番恋しく思うことは何ですか?
  3. もしカリフォルニア州を離れる必要があるとしたら、どこに移りたいですか?
  4. ハロウィンをどう祝いましたか?
  5. 新聞はどのくらいの頻度で読みますか?どの新聞を読んでいますか?
  6. 学生寮で理想的な住民の特徴は何だと思いますか?
  7. 新しいアイスクリームの味を発明するとしたら、それはどんな味ですか?
  8. 最近1か月以内で訪れた中で、相手がまだ行ったことがない一番良いレストランはどこですか?それについて話してください。
  9. 最後に飼っていたペットについて説明してください。
  10. あなたの好きな休日は何ですか?
  11. 小さな子どもの時に体験した一番面白い出来事は何ですか?相手に話してください。
  12. 最後の誕生日に何をもらいましたか?

セット II

  1. 最後に動物園に行った時について話してください。
  2. 家族(祖父母、叔父・叔母など)の名前や年齢、出身地を知っている範囲で話してください。
  3. どちらかが言った言葉の最後の文字から始まる新しい単語を言ってください(50語以上続けますが、何でもOKです)。
  4. 早起きが好きですか?それとも夜更かしが好きですか?その理由は?
  5. これまで住んだ場所のリストを挙げてください。
  6. 現在いる場所での印象について話してください。
  7. 昨年のクリスマスやハヌカで受け取った贈り物について話してください。
  8. 自分の性別と同じ俳優で好きな人を挙げ、その人のどの役が好きか説明してください。
  9. 初めてこの場所(UCSCなど)を訪れた時の印象について話してください。
  10. 最近見た中で一番好きなテレビ番組を教えてください。相手にその番組について話してください。
  11. あなたの好きな休日は何ですか?その理由は?

セット III

  1. 高校時代はどの学校に通っていましたか?どのような学校生活でしたか?
  2. ここ数か月で読んだ本の中で、相手がまだ読んでいない一番良い本を教えてください。その内容について話してください。
  3. 訪れてみたい外国はどこですか?その場所の魅力は何ですか?
  4. デジタル時計と針時計のどちらが好きですか?その理由は?
  5. あなたのお母さんの親友について話してください。
  6. 人工クリスマスツリーの利点と欠点について議論してください。
  7. 最後に髪を切ったのはいつですか?どこで切りましたか?
  8. 学校で飼われていたペットの名前を覚えていますか?そのエピソードについて話してください。
  9. 左利きの人は右利きの人よりもクリエイティブだと思いますか?その理由は?
  10. 最後に行ったコンサートは何ですか?バンドのアルバムは何枚持っていますか?
  11. 過去に購読していた雑誌はありますか?どの雑誌ですか?
  12. 学校での劇に参加したことはありますか?その内容や役について話してください。

この記事の執筆者

村井康太郎

(株)ハピネスプラネット

カスタマーサクセスアーキテクト

新卒でPwCコンサルティング合同会社に入社後、人事コンサルティング部門にて大手メーカーやサービス企業の人事業務改革やグローバル人事システム、ピープルアナリティクス導入プロジェクトに従事。2021年より株式会社ハピネスプラネットに参画。カスタマーサクセスの改善の他、システムやサービスの開発に奮闘中。趣味は読書とトライアスロン。

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