コロナウイルスとの闘いは、企業の組織やそのマネジメントを大きく変えるきっかけになります。
今までのやり方ができない制約の下で、仕事が止まってしまった人や組織もあります。一方で、制約の中でも柔軟に新たなやり方を工夫して見出した人や組織もあります。
企業は今、「自律的に変化に立ち向かう人・組織」の必要としています。
NHKスペシャル「苦境の世界経済」でも、短期的な利益を超えて、変化に挑戦する持続的な企業を評価する動きが紹介されていました。既に、世界最大の資産運用会社ブラックロック社が、投資基準として、この考え方をとっているのです。
この変化に強い組織や企業にとって重要なこと。
意外に思うかもしれませんが、それが「大義」なのです。
しかし、別にこのパンデミックなど起きなくとも、世界は常に変化しています。このコロナ禍は、その一つに過ぎません。市場も経済も常に変化しているのです。
よく「平時」と「異常時」を分ける議論があります。しかし、そもそもこの区別に無理があります。むしろ「平時」というのは人の考えた幻想です。
我々の周りには、常に予測不能な変化が生じているのです。これについて、ドラッカーは、印象的なことを語っています。
未来は知り得ないし、今日あるものとも、今日予測するものとも違う。
我々は、既に起こった未来に注目し、それに今日行動することだけができる。”Managing for Results (1964)”
このように、変化が常態であることを一旦認めると、我々が前提としてきた組織のマネジメントには、大きな問題があることが分かります。
業務のプロセスやルールを標準化し、それを広く展開することで生産性を高める、というテイラー以来の考え方は、変化を考慮していません。まさに「平時」という幻想を前提としているのです。標準化したプロセスやルールは、効率化に有効と考えられてきましたが、変化の時代には、変化に立ち向かう前向きな行動を妨げるものになってしまうのです。
今こそ、この「標準化と横展開」という時代遅れの考え方から脱皮する時です。日本企業の元気がなくなった理由の1つが、この「標準化と横展開」の呪縛にとらわれたことです。
むしろ、常に従業員やそのチームが「自律的に変化に立ち向かうこと」が必要で、そのためには常に行動し、そこから学習することが重要なのです(今、企業にとって、最も重要な投資対象は、人の試行錯誤とそこからの学びです)。
これこそが「持続的な成長や幸せ」を得る唯一の道なのです。
これは私の思いつきではありません。過去20年に渡る経営学の研究によって得られた最も重要な成果の一つが「心の資本」(Psychological Capital)という概念であり尺度です。
この「心の資本」は、ネブラスカ大のFred Luthans名誉教授によって提唱され、過去20年に渡る精力的な実証で裏付けられているものです。Luthans教授は、アメリカの経営学会の会長も務められたこの分野の権威で、この「心の資本」他の論文によって、あらゆる学問分野で最も論文被引用数の多い1%に入っています。
Luthans教授の重要な発見は、
誰しも学習や訓練によって、持続的に幸せで、
心身が健康で、生産性や創造性が高い人になれる
ということです。そしてそのような訓練可能な要因を「心の資本」と呼びました。さらに、これは4つの要因から成り立つことを明らかにしました。
それが、「自分で自分の道を見つけ(Hope)」、「先が見えなくとも行動を起こし(Efficacy)」、「うまくいかなくとも立ち向かい(Resilience)」、「常に状況をポジティブなストーリーで捉える(Optimism)」力であり、これらの頭文字をとって”HERO within”(内なるヒーロー)と呼ばれています。
重要なことは、誰でも訓練や学習によって、”HERO”になれるという点です。そして、HEROが多い組織は、当然ながら生産的で、創造的で、離職しにくく、売上や利益が高いのです。
今まさに目指すべきは、この「目指す未来に向けて、自律的に変化に立ち向かうHEROの組織」です。そして、これには心にポジティブなエネルギー、即ち「心の資本」が必要です。
「心の資本」を高めるには、上記のHEROの4つの概念を学び、それぞれを高める体験や学習を行うことから始められます。
しかし、それ以上に大事なことがあります。それが「大義」です。
この大義の重要性は、やはりドラッカーも指摘しているところです。過去の働くことが幸福とはいえなかった時代にも「働くことが成果と自己実現を意味した時期や組織が」あり、そのような組織では「働く人が大義に貢献していることを自覚」していたのです(『マネジメント』上田惇生訳)。
ところが従来の企業は、標準化されたプロセスやルールに沿って、業務の処理をする仕組みを作ってきました。そこには「大義」はあまり感じられません。「企業の目指す未来」も「自律的な人やチーム」も「変化に立ち向かう心」もありません。あるのは「指示と統制」です。
これを「大義と挑戦」の組織に変える必要があります。
そこにテクノロジーが活きると私は考えました。注目したのは、スマートフォン(スマホ)です。スマホは、我々に一日中寄り添い続けるデバイスであり、大義を日々問い直し、追求し続けるのに最適なデバイスと考えたのです。
開発したアプリ(*)上では、仕事の「大義」を組織の仲間で共有し、これに対して、一人一人がそれぞれにあった形で、日々の挑戦の支援をします。具体的には、他の人の宣言やアプリからのお勧めを参考に、自分の今日試したい行動や工夫を登録し、共有するというシンプルなものです。組織やコミュニティとしての「大義」と日々の行動を結びつけることをアプリにしたのです。
というのも、いくら立派なミッションステートメントを組織として作って研修などを行っても、多くの企業では、従業員の日々の行動に影響を与えていない場合がほとんどです。このアプリを使うことで、日々の生活の中に「大義」に向けた行動を促すことができると考えたのです。
この2年、このアプリ(”Happiness Planet”)の実証に83社という多くの企業が参加し、これら企業の4300人の従業員に3週間使ってもらいました(*)。一日一回ちょっとした意識付けをアプリ上で各自が行うだけで、前記の「心の資本」が33%も向上することが実証されたのです(ここで100%は83社のチーム間の標準偏差です)。Luthans教授によれば、この33%の「心の資本」の向上は、10%の営業利益の向上に相当します。
今新しい組織が必要とされています。
変化へ立ち向かうことが重要な時代に、企業経営にとって大事なのは、「大義」を共有し、それに向けて、関係者を「HERO」にすることです。
今この新しい組織が、テクノロジーの助けも借りて、徐々に具体的な姿を現してきたと私は思うのです。
*実証にご協力いただいた企業には、コクヨ株式会社、住信SBIネット銀行株式会社、株式会社第一生命経済研究所、株式会社電通、東京ガス株式会社、東京ガスiネット株式会社、名古屋鉄道株式会社、株式会社日建設計、株式会社日建設計総合研究所、日本たばこ産業株式会社、日本ユニシス株式会社、日立キャピタル株式会社、株式会社日立製作所、株式会社日立物流、株式会社ブリヂストン、株式会社丸井グループ、明治安田生命保険相互会社、ユニリーバ・ジャパン・ホールディングス株式会社、ライオン株式会社、株式会社LIFULL、株式会社リコーが含まれます。
日立ニュースリリース
https://www.hitachi.co.jp/New/cnews/month/2019/11/1115.html